2014年新春対談で語る平尾誠二さん(左)と山中伸弥さん

2014年新春対談で語る平尾誠二さん(左)と山中伸弥さん

 ラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代表が初のベスト4を懸けて南アフリカに挑む20日は、「ミスターラグビー」と呼ばれた平尾誠二さん(伏見工高ー同大出)の命日。平尾さんが2014年新春、京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長と語ったW杯への思いや若者へのエールを一部再掲する。

 平尾 僕らが取材を通じて知り合ったのは3~4年前で、共通の話題はラグビーでした。山中さんは縁の下の力持ちとも言えるフォワードで、僕はバックス。ポジションは違うけれど、同じ時期にラグビーをしていたことでつながりが深まった気がします。ラグビーを始めたきっかけは何ですか。
 山中 高校時代は柔道部でしたが、体育の授業でラグビーがあって、真剣にスクラムを組んだりしていました。「これは面白いな」と。ちょうどテレビドラマの「スクールウォーズ」もやっていてラグビー人気が高く、ラグビーをしようと思っていました。その時に一番活躍していたのが平尾さんで、憧れでした。
 平尾 照れますね。

 山中 僕たちの研究所は2010年に10年間の四つの目標を掲げました。個人としても研究所としても20年が目標です。だから、ラグビーW杯(19年)や五輪(20年)を目指す人たちと同じなんですね。ものすごい努力をされると思いますが、負けないようにしようとしています。
 平尾 W杯や五輪、パラリンピックが生きる目標になるという高齢者の人もいます。50年前の(東京)五輪を見て、もう一度、五輪を見たいという生命の力にできる話題です。若い人たちにとっては出場したい場所です。(五輪までの)6年は長いようであっという間ですが、夢が膨らむ期間なんですね。
 山中 昨年11月にカタールに行ってきました。22年のサッカーW杯の開催が決まり、その一大イベントをきっかけに国自身が変わろうとしている。日本も50年前の東京五輪で国が変わったと思います。今、日本は豊かになったのですが、実は大きな危機にあります。子どもがどんどん減っていく。医療の面を見ても献血の血液が間違いなく足りない。いろいろなことを変えていかないと、この国がアジアの中でもナンバー3、4、5となってしまうと非常に危機感を持っています。ラグビーW杯や東京五輪は日本という国を、少子化が進む中で、光り輝く国にするために大切な機会です。


 山中 今より一人でも多くの若者が海外に行ってもらいたい。外から日本を見て、日本人のどういうところが優れていて、どういうところで他の国を見習い、変えていったらいいのか、感じてもらうことが大切ではないかな、と思います。
 平尾 人生で一番のリスクは、リスクを背負わないこと。50歳になりますが、これまでを省みた時に生きてきて良かったな、と思えるんです。生まれ変わったらもう一度、ラグビーをするか分からない。でも挑戦的に、どちらかというと危なっかしい決断の方が多かったのですが、一切悔いがない。若い人にもチャレンジしてほしいと思います。安定的な成熟した社会になればなるほど、挑戦してほしいな、と。もし、つまづいても命は取られない。何とかなるもんだと思います。挑戦的に生きて、自分というものを磨いてほしい。
 山中 平尾さんには生まれ変わっても、ぜひ、またラグビーをやってもらって…。
 平尾 次は研究者になりたいと思っていますよ。iPS細胞を上回るものを作りたいと(笑)。