米国流と真逆のアイデア

1960年代の虫プロダクション制作室で作業に没頭する手塚治虫=写真提供:手塚プロダクション

当時のアニメ制作はディズニーに代表される「米国流」を踏襲していた。

フルアニメーションと呼ばれるもので、1秒間に24枚ものセル画をつなげることで自然に近いなめらかな動きを表現できた。

静止場面であっても同じ絵を何枚も描く緻密ぶりで、当然、多くの人手が必要とされた。

手塚の発想は米国流の真逆を向いていた。杉井によると、虫プロは1秒8枚を基本方針に掲げ、静止場面であれば1枚のセル画で対応した。

「自分がそれまでに習ってきたアニメは動かしてなんぼの世界。手塚さんから『動かないアニメでいい』って聞かされた時は、『そんなの詐欺じゃないか』ってがく然とした」

ヒット生んでも存続難しく

手塚に指示されるがままに作業し、迎えた試写会当日。杉井は「動かないアニメ」の神髄を知る。天才科学者の天馬博士が、子どもを亡くして叫び声を上げるシーン。静止時間は数秒間に及んだが、博士の嘆きは画面から十分に伝わってきた。

ユーチューブの手塚プロダクション公式チャンネルで公開されている「鉄腕アトム」の一場面

そして、杉井の頭に一つの考えが浮かんだ。「これはアニメ業界に革命が起きるぞ」

鉄腕アトムで初めて実践された制作手法は、アニメの低コスト化と大量生産を可能にした。
杉井は手塚のアイデアを「30分の1の合理化」と表現する。

その言葉の端々に「アトムなくして今のアニメ産業は存在しない」との自負がにじむ。

だが、もう一つの歴史に話が及ぶと、杉井の表情が曇った。虫プロは鉄腕アトムで成功を収め、その後も「ジャングル大帝」「千夜一夜物語」などヒット作を生みながら、73年に倒産するのだ。

人気作品を世に送り出しても、制作会社は存続することすら難しいという矛盾。それは、日本のアニメ産業が現代に至るまで抱え続ける負の遺産でもあった。(敬称略)

京アニ放火殺人事件は12月16日に容疑者が起訴され、大きな節目を迎えた。高品質の作品と優良な職場環境から同業者たちに「理想郷」と呼ばれた京アニ。連載「ユートピアの死角―京アニ事件」(計6回)では、業界が草創期から抱えるひずみを描き、未曽有の災厄が起きた背景に迫る。(岸本鉄平、本田貴信)

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