「日本のアニメーションの歴史を一変させた手塚治虫の金字塔のひとつ」

手塚プロダクション(東京都)のホームページには、1963年放映の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」が業界にもたらした功績をたたえる記述がある。

手塚が進めた徹底的な合理化こそ、日本に独自のアニメ文化を根付かせた要因であることに疑いの余地はない。ただ、アニメを大量生産する時代が到来したことで、東京に多数のスタジオが誕生し、受注獲得競争の激化を招いた。

虫プロダクションの資金繰りにも余裕はなく、「鉄腕アトム」という歴史的ヒット作を手掛けながら、創業からわずか10年余りで倒産の憂き目に遭う。

鉄腕アトムで演出を担ったアニメ監督の杉井ギサブロー(80)は「手塚さんは新たな文化を創造したが、アニメ制作事業を永続的に発展させるビジネスモデルまでは作ることができなかった」

制作現場に十分な利潤が行き渡らない「呪縛」。こうした構造的課題は、日本のアニメが「クールジャパン」と称されるほどの人気コンテンツとなり、その市場が世界規模に膨らんだ現代にも横たわる。

「アニメの威力すごい」

アニメキャラクターのフィギュアが所狭しと並ぶ繁華街の店舗(京都市内)

新型コロナウイルスの感染拡大で地域経済が深刻なダメージを受ける中、京都市中心部の繁華街に活況を呈する店があった。

足を踏み入れると、1体数千円のフィギュアが所狭しと並んでいた。

10月公開の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が空前のヒットとなり、グッズを買い求める修学旅行生らでにぎわう店内。

代表の新岡功(61)は「コロナの影響でインバウンド需要は落ち込んだが、やっぱりアニメの威力はすごい」とつぶやいた。

アニメ業界の実態を如実に示すデータがある。

日本動画協会作成の「アニメ産業レポート2019」によると、海外を含む市場規模は09年の1兆2649億円から増加の一途をたどり、18年には2兆1814億円に膨らんだ。しかし、アニメ制作会社の売上額を見ると、その数字は3千億円に満たない。

アニメ制作という1次市場と比べ、グッズ販売などの2次市場がいかに巨大かを物語るデータ。アニメ産業をばく大な利益の鉱脈と見ることもできれば、産業を支える制作現場が報われない不条理と見ることもできる。

外国人客向けのディスプレーでコロナ禍以前は大幅に売り上げを伸ばしていたという

経済産業省は毎年、さまざまなコンテンツ制作企業を対象に、2次利用に関する権利の保有割合を調査している。

クールジャパンとしてアニメと並び称されるゲーム制作現場は10年以降、28~64%と権利保有が進む。これに対し、アニメ業界は3~28%と大きく水をあけられた格好だ。

経産省経済解析室の担当者は「アニメ産業はクールジャパンにおける重要な産業だ」としながらも、「業界間でこのような格差が生じる理由は分からない」と言う。

そもそも、日本では出版社などの出資企業で作る製作委員会が、アニメ放映後の2次利用で利益を確保するのが一般的な仕組みとなっている。下請けのアニメ制作会社がそこに割って入るようにして、2次利用に関する権利を手にするのは容易ではない。

殺人的なスケジュール

制作現場の脆弱(ぜいじゃく)な収益構造は必然的に労働環境の劣化を招く。しわ寄せが向かう先は、テレビの向こう側に夢を届けようと日夜、鉛筆を動かし続ける人々だ。

鉄腕アトムの功績をたたえる「手塚プロダクション」(東京都)のホームページの記述には、こんな一節が付け加えられていた。

「(アトムは)現在にまで至る、アニメーターたちが低賃金で殺人的スケジュールに追われる、というマイナスの現実も産み落とすこととなった」(敬称略)

京アニ放火殺人事件は12月16日に容疑者が起訴され、大きな節目を迎えた。高品質の作品と優良な職場環境から同業者たちに「理想郷」と呼ばれた京アニ。連載「ユートピアの死角―京アニ事件」(計6回)では、業界が草創期から抱えるひずみを描き、未曽有の災厄が起きた背景に迫る。(岸本鉄平、本田貴信)

【京アニ事件の関連記事】