「みんなが報われるように」

京アニは2009年に京アニ大賞の募集をスタートさせると、文庫レーベル「KAエスマ文庫」を創設した。アニメ制作を原作から手掛けることで、グッズ販売をはじめとする2次利用ビジネスを手広く展開するようになった。

制作工程の再現など多彩な企画に多くのファンが集まる京アニ主催イベント。高い人気を収益に還元させる手だてを模索してきた(2015年撮影、京都市左京区・みやこめっせ)

上宇都は「フィギュアやTシャツ、キーホルダーなどの販売収入が自社に入るようになった。グッズを売るために用意した店舗の面積はどんどん拡大し、平日にもかかわらず多くのファンが足を運んでくれた」と振り返る。

調査会社によると、事件前の京アニでは売り上げの2割をグッズ販売が占めるようになっていたという。

現役社員の1人も「『涼宮ハルヒの憂鬱』なんかは他社が権利を持つコンテンツだから、一生懸命に絵を描いても、我々のもうけは微々たるもの。だからこそ、自社で企画して自社で利益を生み出し、現場のスタッフみんなが報われる環境をつくってきたというわけ」と打ち明ける。

経営が安定しないことには、スタッフの正社員化や固定給化はままならない。アニメーターにとっての「理想郷」は、作品の2次利用という武器を抜きには実現できなかった可能性が高い。

その武器を手にするのに重要な役割を果たした京アニ大賞が、結果として、未曽有の災厄を招いてしまった。

午前10時半過ぎの放火事件

事件現場となった第1スタジオで、ラジオ体操をする京アニの社員たち(「聲の形 特典DISC」より。一部を加工処理しています)

「日本一だと思っていた」

制作会社「亜細亜堂」(さいたま市)の労働組合委員長で、人気アニメ「ちびまる子ちゃん」のキャラクターデザインを担当する船越英之(57)は、京アニの経営手法を高く評価してきた1人だ。

船越が目の当たりにしてきたのも、非正規、低賃金、長時間労働が当たり前の過酷な世界。徹夜が多く、昼を過ぎてから会社に出勤するのが自分たちにとっての「常識」だった。

しかし、京アニ事件が起きたのは午前10時半過ぎ。ニュースで死傷者が60人以上に及ぶと聞いて、思わず耳を疑った。

「こんな時間に、どうしてこれだけ多くの人が働いていたの?」(敬称略)=おわり

京アニ放火殺人事件は12月16日に容疑者が起訴され、大きな節目を迎えた。高品質の作品と優良な職場環境から同業者たちに「理想郷」と呼ばれた京アニ。連載「ユートピアの死角―京アニ事件」(計6回)では、業界が草創期から抱えるひずみを描き、未曽有の災厄が起きた背景を追った。(岸本鉄平、本田貴信)

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