最後の将軍、徳川慶喜が二条城を立ち去ったのは、慶応3(1867)年12月12日のことだった。二の丸御殿における大政奉還の表明から2カ月、本拠にしてから3カ月に満たなかった。ここに将軍の城としての歴史に幕を下ろしたが、現代の史跡「旧二条離宮(二条城)」となるまでに、めまぐるしい変遷を重ねている。徳川の葵紋に、皇室の菊紋が覆い重なった意匠がその特異な足跡を物語る。