2020年が暮れる。

 世の日常が一変した-。この言葉に尽きるのではないか。

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は1年足らずで感染者8千万人を超えた。出口は見えず、強さと勢いを増して広がり続けている。

 さまざまな物事がコロナ流行の前と後で変わり、消えもした。それでも残り、気付かされたことがある。再確認しておきたい。

 国内の感染拡大に4月、政府は緊急事態宣言を発令。外出自粛や休業が要請され、都心部や繁華街から人の姿が消えた。

 小中高は2月末の突然の政府要請から最長で約3カ月休校した。大学は秋以降も対面授業の再開が遅れている。

 人々は社会的距離を取って「3密」を避ける「新たな生活様式」を求められた。テレワークの拡大は働き方や居住地選びも変えた。新生活は国民に定着するのか、模索が続いている。

 その中でコロナ感染は7~8月と11月以降に再拡大。累計の感染者23万人、死者3400人を超えた。患者急増で医療が逼迫(ひっぱく)し、再び外出や営業の自粛を求める厳しい年越しとなる。

 暮らし向きの不安も増大した。水際の入国規制で近年活況だったインバウンド(訪日客)需要は蒸発。京滋の観光地や宿泊施設も客足が激減し、休廃業が相次いだ。広範な経済活動が縮小し、コロナ関連の解雇、雇い止めは厚生労働省の集計で近く8万人を超える厳しさだ。

 政府は、国民1人10万円給付や事業者向け助成の拡充など、異例の大型経済対策で下支えを図った。だが、需要喚起策「GoTo」事業の迷走など、場当たり的対応が批判を浴びた。

 それが政権も揺るがせた。歴代最長の安倍晋三前政権の終幕は持病悪化を理由としたが、看板の経済優先で感染対策が不十分だと内閣支持率が低落する中、突然の退陣表明だった。

 政権奪回から7年8カ月の「安倍1強」政治は、安全保障関連法はじめ歴代政権の「禁じ手」を憲法の解釈変更と議席数の力で押し通し、戦後民主主義の土台を揺るがすものだった。

 引き継いだ菅義偉首相も、日本学術会議問題はじめ強権的で説明軽視が目に付く。肝いり政策に固執し、後手に回るコロナ対策に支持率が急落した。元農相の収賄疑惑など政治不信に謙虚に向き合い、信頼に足る政策と説明が求められよう。

 世界では、米大統領選でバイデン氏が勝利したが、「自国第一」の現職トランプ氏の得票も拮抗(きっこう)。欧州連合(EU)からは英国が離脱した。米中対立の激化に加え、中国による香港の民主派弾圧に批判が強まっている。米新政権が目指す国際協調への復帰と再構築も容易でない。

 今年も豪雨や異常気象の被害が相次いだ。日本も脱炭素化方針を打ち出したが、温暖化防止へ国際連携の強化は待ったなしだ。

 東京五輪・パラリンピックは来夏開催へ初の延期となった。コロナ対策を含め約3千億円の追加で開催費がさらに膨らむ。それでも世界から選手、観客を安全に迎えられる状況をつくれるかは見通せず、宿題は持ち越された。