年が改まった。新型コロナウイルスへの対応はなお世界の課題だ。

 いかに感染を抑え込むか、各国は躍起になっている。非常手段を取る国も昨年、目についた。

 イスラエルでは治安機関が対テロ技術を使い、感染者の携帯電話から位置情報を収集した。中国は人工知能(AI)を駆使して、14億人の国民の健康状態や移動を監視するシステムの構築を始めた。

 感染防止を名目に、政府の強権行使が正当化されている。国民生活は息苦しさを増さないか。

 昨年秋に刊行された桐野夏生さんの小説「日没」は、国家権力に作品や表現を「不適切」と断定され、療養所と称する施設に入れられる女性作家が主人公だ。

 過去の作品を異常、偏向と決めつけられ、自らの思想や考え方を「改善」しない限り所外に出られないと通告される-。真綿で首を絞められるように不条理を押しつけられる展開は、ぞっとする。

 だが、現実はすでに小説を超えている。香港では国家安全維持法を盾に民主派の逮捕が相次ぎ、立法会(議会)からも一掃された。政府に意見を言い、連帯を訴えるという香港の人には当たり前だったことすら「犯罪」となった。

 ハンガリーやトルコでも、報道の自由や司法の独立を排除する政権が国民に沈黙を強いている。

 コロナが収束しても、危機に乗じて指導者の権限を強める独裁的な手法は温存される懸念がある。

 恐怖をあおる手法も

 人権を尊重し、法の支配を重視し、個人の自由を保障する-。欧米や日本など多くの国が掲げてきた「民主主義の価値観」が通用しなくなっているかのようだ。

 人種や民族について攻撃し、移民への恐怖をあおり立てて支持を得ようとするポピュリスト的な手法もまん延している。民主主義国のリーダー・米国は、トランプ政権でその傾向がさらに強まった。

 昨年11月の大統領選では敗れたが、トランプ氏は自らにあらがう勢力を敵視し、国民同士の憎悪が増幅するのを容認する姿勢をとり続けた。それでも、勝利したバイデン氏と拮抗(きっこう)する支持を集めた。

 背景に、民主主義に対する不信感があるという。米国の政治学者ヤシャ・モンク氏によると、1980年以降生まれの米国人で民主主義社会に生きることが重要と考える人は30~40年代生まれの3分の1以下で、選挙で選ばれない強いリーダーを求める傾向は全世代で20年前より高まったという。

 白人労働者を中心に政治エリート層への反発があり、移民の流入で少数派になってしまう将来への恐怖感などが要因とされる。

 こうした人々が民族性や宗教、国籍などの「属性」に価値を置くようになり、既得権益層や異なる人種の人々に複雑な感情を抱くようになったとの分析もある。

 批判だけでは済まぬ

 感情の深い部分で、「われら」と「奴(やつ)ら」の分断が生じているかのようだ。ソーシャルメディアの発達は、自分と同じ意見にばかり耳を傾け、異なる考えを受け付けない傾向に拍車をかけている。

 不寛容で排他的な空気が、政治選択やコミュニケーションの場面を覆っているようにみえる。

 日本も同様だ。コロナ禍では政府や知事の要請通りに行動しない人が容赦ない批判にさらされた。菅義偉首相の政権運営も、国民の声を意に介さない態度が顕著だ。

 気をつけねばならないのは、ポピュリスト的手法をとる政治勢力も、選挙などの民主的手続きを経て自ら正当性を保とうとしていることだ。従来の政治に見捨てられた人々の現実の声を代弁すると主張し、実際に根強い支持がある。

 こうした勢力を「民主主義をないがしろにしている」などと批判するだけでは、支持する人たちの胸に響くまい。「非民主的」と断じることが、かえって向き合う場をなくすことにもなりかねない。

 答えは簡単には見つからない。

 格差や失業といった社会の分断の原因とみられる分野への手当てが必要なのは当然だ。

 それ以上に、他者への憎悪や攻撃が人間にとって何をもたらすかを、一人一人が冷静に認識しておくことが重要ではないか。

 学生にナチス式の集団行動をさせ、その危うい心理と対処法を学ばせる特別授業を行ってきた田野大輔甲南大教授は、集団行動が権威と結びつく危険性を指摘する。

 「参加者は、指導者の命令に従い、他のメンバーに同調しているうちに、自分の行動に責任を感じなくなり、敵に怒号を浴びせる攻撃的な行動にも平気になってしまう」(「ファシズムの教室」)。

 権力の監視が切実に

 政治指導者が国民の不満や怒りを背景に強権を振るう時、それに漫然と従う支持者が多ければ、やがて破壊的な結果をもたらしかねないということだろう。

 こうした心理を逆手に、大衆を操ろうとする指導者もいよう。権力への監視がより切実な課題となることを、肝に銘じたい。

 個人の自由や人間の尊厳を重視する価値観は、人類が長い歴史の中で培ってきた。いまを民主主義の「日没」にしてはなるまい。