長男に勉強を教える南條美樹さん。正社員として働きながら、家庭療育と両立させてきた

長男に勉強を教える南條美樹さん。正社員として働きながら、家庭療育と両立させてきた

南條美樹さんの長男がその日やることを確認するためのスケジュール板。見通しを示すことが安心感につながった

南條美樹さんの長男がその日やることを確認するためのスケジュール板。見通しを示すことが安心感につながった

南條美樹さんが出版した「いちにちいっぽ」の育て方

南條美樹さんが出版した「いちにちいっぽ」の育て方

 今や当たり前になった共働きだが、家事や育児との両立で苦労することに変わりはない。ましてや子どもに障害や持病があればなおさらだろう。京都府在住の南條美樹さん(40)は、正社員として働きながら、自閉症スペクトラムの長男を育ててきた。今年8月には、長男との歩みを紹介する著書「いちにちいっぽの育て方」を学研プラスから出版した。南條さんの体験から、家庭療育のヒントや保護者が働き続けるための手だてを探る。

■「会話は難しい」と医師

 南條さんが第2子のK君を出産したのは10年前。乳児のころにすぐ「変だな」と気づいた。周囲の人間にまったく関心を示さず、呼び掛けにも応じない。青い物を見ると、握って手放さなかった。大学で発達心理学を学び、発達障害の知識もあったことから心当たりはあった。「自閉の傾向では」。果たして2歳の時、医師に「広汎性発達障害」(現在の自閉症スペクトラム)と診断された。

 「こちらからは息子が見えていて話しかけるけど、ガラスケースの中にいて声が届かない感じ。2歳になっても話さなかった」と南條さん。医師からも「コミュニケーションとしての言葉は獲得できないかもしれない」と告げられた。

 それでも、南條さんはK君と意思を通わせることをあきらめなかった。関心を広げようと、こだわりが強かった青い物は家の中からすべて撤去し、木琴つきの音楽絵本を購入した。今度はばちを握って手放さなくなったが、手を添えて一緒に木琴をたたくと、リクエストするようなしぐさを見せ、じきにさまざまな曲を演奏するようになった。

 「初めて一緒に遊べた」と喜んだ南條さん。次は手遊び歌を教えると、ばちを放して手をたたいた。ブロック、積み木へと遊びの関心は広がり、2歳10カ月で声を出して歌った。「私の声は息子にちゃんと届いていた。それまでやってきたことは無駄でなかった」

■パニック防ぐ見える化

 その後も、K君の子育ては多くの試練に直面した。最大の難関はパニックの克服だった。歯の治療、入学式、毎日の宿題や家庭学習。普段と違う環境に置かれたり、自分が思った通りに事が運ばなかったりすると、泣き叫んで手がつけられなくなった。

 そこで南條さんが対処法として取り入れたのが、「見える化」だった。K君のパニックの背景には、見通しがつかないことへの不安があると分析。歯医者に通院する際は、なぜ治療が必要かを納得するまで説明し、医師からも治療に使う器具やその日にする処置を事前に告げてもらうようにした。入学式の前にはK君と小学校を下見した。その日やることが分かるようにと、宿題や習い事、約束事を張り出すマグネット式のスケジュール板を家に掲示。予定が変わるごとに項目を組み替えてビジュアル化し、変更があっても気持ちを切り替えられるように習慣づけた。

 「息子は決めた通りにやるのが大好きで、以前はちょっとした変更でも許容できなかったけど、今は受け入れられようになった」

■スモールステップで成長促す

 見える化とともに療育の両輪となったのが「スモールステップ」だ。最初から高いゴールを目指すのではなく、小さな目標の達成を積み重ねた。小学校で水泳の授業に出られるようにするため、家でゴーグルをつけて慣れさせたり、風呂で顔に水をつける練習を重ねたりした。歯の治療も、医師の協力で段階を踏みながらゆっくりと進めた。

 「できるようになるまで人の3倍の時間がかかることもあるけど、やめなければそこそこできるようになる。息子が小さいころは『今できないといけない』と考えがちだった。経験を積むうちに『いつかできるようになる』と思えるようになった」と振り返る。

 学校生活になじめなかった低学年時は担任教諭のサポートも大きかった。落ち着いて授業を受けられず、他の児童とのトラブルも絶えなかったK君のために「がんばり表」を作成。授業態度や同級生との接し方を毎日評価し、前向きな変化を促した。同級生の理解も徐々に進んだ。K君は学校が好きになり、休むことなく通学しているという。【(下)に続く】