太平洋戦争の日本の敗戦から76年目を迎えてなお、解決が見通せない戦後課題がいくつもある。

 米軍の空襲や沖縄戦で被害を受けた民間人に対する救済措置もその一つだ。

 超党派の国会議員でつくる「空襲被害者等の補償問題について立法措置による解決を考える議員連盟」(空襲議連)は、救済措置を盛り込んだ法案提出を目指すが、昨秋の臨時国会ではかなわなかった。今月開会の通常国会に提出し、早期の立法化を図る方針だ。

 空襲などで心身に深刻な被害を受けた当事者は高齢化が進んでいる。救済を急ぐべきだ。

 全国空襲被害者連絡協議会などによると、米軍が日本各地で行った攻撃で亡くなった人は50万~60万人とされる。負傷者はさらに多いとみられている。

 国は戦後、軍人や軍属だった人とその遺族には年金や弔慰金を支払った。原爆の被害者やシベリア抑留者を支援する制度も作った。

 その一方で、空襲の被害者は補償や支援の対象外となった。空襲で心身に重い障害を負ったり、家族を失うなど、苦難を抱えて生きてきた人たちが数多くいる。

 戦争被害者だが国との雇用関係がなかった、というのが、国が補償をしなかった理由だ。

 大阪などの空襲被害者や沖縄戦の被害者は裁判に訴えたが、いずれも敗訴した。

 政府が救済しないもう一つの理由としてきたのが、1968年の最高裁判決で示された「受忍論」だ。

 最高裁は、戦争賠償の一部として処理された日本人の在外財産の補償をめぐる裁判で「戦争による身体や財産の被害は国民が等しく受忍しなければならない」と判断した。

 財産を巡る判決なのに、国は、身体や精神の被害も受忍すべきという解釈を示してきた。司法もこれを問題視してこなかった。被害者側にとっては納得できないだろう。

 国に補償を求めている存命の被害者は戦争中、子どもだった。戦争遂行に関与しえない子どもたちに、耐え忍ばねばならない責任は本来ない。

 情報統制と国民の避難を禁じる防空法制が犠牲者を増やしたという事実も、国は直視すべきだ。日米開戦の直前には待避を厳禁する通達が出され、違反者は防空法で懲役刑が科されるようになった。

 空襲について話すことは禁じられ、「空襲は怖くない」「逃げるな、火を消せ」などと繰り返し呼び掛けられ、バケツリレーの消火訓練が各地で繰り返された。国策で国民が危険な状態に放置されたことは明白だ。

 旧軍人や軍属とその遺族へ支払われた補償は約60兆円に上る。一方、空襲議連の法案骨子は、戦災による心身の障害者への特別給付金50万円の支給と被害者の実態調査、追悼施設の設置である。

 被害者側は議論の末、立法を優先するために救済範囲や補償額を絞った。国と国会はこの気持ちを受け止める必要がある。