戦争体験などをまとめた手記を発行した辻さん(京都市伏見区)

戦争体験などをまとめた手記を発行した辻さん(京都市伏見区)

辻さんの戦争体験をまとめた手記の一部。4コマ漫画も交え、当時の食糧事情の厳しさを伝えている

辻さんの戦争体験をまとめた手記の一部。4コマ漫画も交え、当時の食糧事情の厳しさを伝えている

 第二次世界大戦中、学徒動員で軍需工場で働いた経験を持つ京都市伏見区の辻悦子さん(92)が、戦争体験を手記にした。飢えに苦しんだ経験や、何を作らされているかも分からずに作業した工場での仕事を振り返っている。取材に対し辻さんは「戦争なんて、嫌やったなあ」と涙ながらに思いを語った。

 辻さんは同区醍醐で生まれ育ち、京都師範学校在学中の1944年から、現在の近鉄大久保駅(京都府宇治市)西側にあった工場で飛行機の部品作りに従事した。これまでは市内の小学校や児童館、市民向けの講演会などで戦時下の思い出を語ってきた。

 昨年3月、宇治市の女性が戦争体験をつづった本を自費出版したとの京都新聞の記事を読み、その女性と面会した。自身も体験を文字にして残したいとの思いを強め、女性の本作りに携わった編集者古橋悦子さん(54)=京都市左京区=に依頼。古橋さんによる聞き書きや、辻さんの長女・由美子さん(67)が書いた文章をまとめ、11月に手記を発行した。

 手記では、当時の食糧事情について「野草をよく食べました」「(弁当は)お芋なら上等、ひどいのは豆かすで、まずくて、とても食べられたものではありません」などとつづった。辻さんは「若い人は想像もできないだろうけど、ダイコンが一番のごちそうだった」と思い起こす。

 「言葉にできない恐怖」と題した章では空襲に関する体験を紹介している。高所から投下される爆弾におびえたことや、低空飛行する敵機の米兵の顔が見えた経験を回顧。取材に、「工場で空襲警報を聞いて山の方に逃げ、戻ったらさっきまでいた作業現場がなくなっていた」と語った。

 2015年に他界した夫の昭さんと、全国各地を巡った「慰霊の旅」も記した。文通していた沖縄の学生が犠牲になったため、現地を訪ねて犠牲者を悼んだ。京都府舞鶴市では、舞鶴海軍工廠(こうしょう)への空襲で亡くなった師範学校の同期生をしのび、鎮魂碑に手を合わせたという。

 手記は自費で30部発行し、親戚や自身が利用するデイサービス施設などに配った。辻さんは「誰も、同じような目には遭わせとうないね」と語っている。