相手の手に自らの手を重ねて「会話」する―。「触手話(しょくしゅわ)」は光も音もない世界で生きる盲ろう者が社会とつながる扉を開く。新型コロナウイルスの感染を防ぐために「距離」が求められる時代。昨夏、コミュニケーションの機会が失われ、衰弱した状態で見つかった盲ろう者が滋賀県にいた。(森敏之)

マスクを着け、手指消毒をするなど感染対策を徹底した上で、触手話でのコミュニケーションを楽しむ川瀬さん(右)=昨年12月25日、近江八幡市安土町

 コロナ禍の4カ月で外部との接触が激減し、衰弱した盲ろう者の川瀬冨美子さん(72)=滋賀県東近江市=。福祉関係者やヘルパーは支援態勢の立て直しを急いだ。

 NPO法人「しが盲ろう者友の会」と、川瀬さんを支援する四つの福祉事業所は、昨年7月に衰弱に気付いて以降、市の担当者を交えて月1度集まるようになった。「川瀬さんが自分で何でも判断できる時は連携を必要としなかった。だが状況は変わった」と支援者たちは口をそろえる。各機関でばらばらに持っていた情報を共有し、より踏み込んだ支援に乗り出した。

パジャマを買う川瀬さん。色や模様、素材、値段、大きさを通訳・介助者に確認した上で、ヘルパーが持つ商品の表面を触ってお気に入りの一着を厳選した(彦根市・ビバシティ彦根)

 ヘルパーは以前は外出支援のみを担っていたが、昨夏以降は家の中にも週6日入るようにし、着替えや入浴を介助することにした。体重が激減していたため、夕食は栄養バランスの良い配食サービスに替えた。買い物支援は、捻挫をして車いすを使うようになったため、前は1人だったヘルパーを2人付けるようにした。

 母と子の付き合い方も変化した。川瀬さんは最重度の障害があるにもかかわらず、2人の息子の高校時代は弁当を毎日作って持たせるほど何でもこなした。今は川瀬さん宅と同じ敷地内の別の家に住む長男(44)は、そんな母の自立心を重んじて干渉を控えてきた。しかし母の衰弱が分かって以降は毎日訪れて薬の飲み忘れがないかなどを確認。週末は料理を作ってあげるようになった。「いずれ年を取ると思っていたが、この夏に一気に衰えた。コロナ禍では多くの人の関わりがなければ母の生活は成り立たないと感じた」と話す。