相手の手に自らの手を重ねて「会話」する―。「触手話(しょくしゅわ)」は光も音もない世界で生きる盲ろう者が社会とつながる扉を開く。新型コロナウイルスの感染を防ぐために「距離」が求められる時代。昨夏、コミュニケーションの機会が失われ、衰弱した状態で見つかった盲ろう者が滋賀県にいた。(森敏之)

相手の掌に指先で文字を書く川瀬さん。掌書きも外部と意思疎通する上で大切な手段だ(昨年12月25日、近江八幡市安土町)

 新型コロナウイルス感染拡大の第1波に見舞われた昨春以降、目が見えず、耳が聞こえない盲ろう者の川瀬冨美子さん(72)=滋賀県東近江市=は極度の衰弱状態に陥った。

 NPO法人「しが盲ろう者友の会」(近江八幡市)のスタッフが異変に気づいたのは、コロナ禍で休止していた当事者交流会「たっち」が再開後の昨年7月3日。4カ月前までは元気だった彼女の身に何が起きたのかを知るため、私は福祉関係者の証言を集めた。

 川瀬さんの生活は、県内4カ所の福祉事業所が支えていた。「たっち」が休止していた3月から6月末までに川瀬さんがヘルパーと外出した回数は、買い物が月6、7回と散歩が週1回。コロナ禍の前と同じ頻度だ。だが「たっち」の休止で、人と会う機会がほぼ半減した。散歩も熱中症対策で6月15日を最後に止め、家にこもりがちになった。

「たっち」の会場へ向かう川瀬さん(左)。コロナ禍で足腰が衰えたが、ヘルパーに支えられて一歩ずつ前に進む=近江八幡市安土町

     

       

      歩き方が不安定になった、品物の袋詰めに時間がかかる-。そんな小さな異変に気づいたヘルパーもいた。だが川瀬さんの自立性の高さが落とし穴になった。炊事や洗濯を1人でこなせる川瀬さんは当時、外出支援しか受けていなかった。外出時の短い時間でヘルパーたちが川瀬さんの健康状態を観察するのは限界があった。

 川瀬さんと、手話を解さないヘルパーが意思疎通する手段は、掌(てのひら)に指先で字を書くことだった。だが掌書きは、話者と手を重ねて手話を読み取る「触手話」と違って細かなやりとりが難しかった。

 川瀬さんはパソコンの文字を点字で読み取れる機器を使いこなして、メールで外部とやりとりできた。

 本当に怖いです

 いつも留守番でストレスです

 春先に川瀬さんからSOSのような短いメールが届いた事業所もあった。夏場まではヘルパーや友の会と複数のメールを交わしていたが、最後まで「助けて」という文言は出なかった。

 最重度の障害ゆえの意思疎通の壁を、持ち前の辛抱強さで克服してきた川瀬さん。友の会事務局長の黒川早苗さん(69)は「コロナ禍でもつい我慢を重ねてしまい、最後は外に助けを訴えられないほどしんどくなったのでは」と推し量る。