自然素材から繊細な色を生み出す植物染めは根気の要る仕事だ。単調な作業と幾つもの工程を重ね、日数もかかる。より合理的に、楽にできないか。41歳で編集者から転身し京の老舗染屋を継いだ吉岡幸雄さんはそう考えた▼あきれる周囲を横目に、発注した機械を試したが、見事にムラばかり。「経験豊かな職人の手仕事が一番。安易なものを得ても安易なものしかできない」。日本古来の色文化の探求に半生をかけた染色家の意外な逸話だ▼化学染料は便利で安価だが、退色も早い。一方、正倉院宝物に代表される古代や中世の染色品は今も鮮烈だ。「現代技術でも1200年前の色は出せない」。先人に学ぶしかないと腹を決め、難題に挑み続けた▼文献をひもとき、各地の農家に原料の栽培を頼み込み、約15年かけて天平の深みのある色をよみがえらせた。薬師寺や東大寺の伎楽装束を復元し、源氏物語に描かれた368色を再現。伝統色の奥深さを伝える出版にも情熱を注いだ▼「近年は人間が地球に手を加えすぎて大地が弱っている」。植物染めの力強さとはかなさを誰よりも知るが故に、将来への不安も口にした▼伝統文化の衰退と自然環境の危機は軌を一にする。そして人の感覚の衰えも。先月末、73歳で急逝した吉岡さんの言葉をかみしめたい。