天皇陛下が内外に即位を宣言される「即位礼正殿の儀」が行われた。古式装束姿で玉座「高御座(たかみくら)」に立たれた姿に、厳かさを感じた方もおられよう。

 一方で、天孫降臨神話に由来する玉座から国民を見下ろす形となる儀式のあり方には、憲法に定めた国民主権や象徴天皇制と矛盾するとの指摘も根強い。

 即位礼正殿の儀は、国内外の賓客を招いての「饗宴(きょうえん)の儀」や延期されたパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」とともに憲法上の国事行為とされ、国費が充てられた。

 皇室儀式は宗教的性格を持ったものも多く、政教分離との関係がしばしば問題となる。

 上皇さまの事実上の退位表明から陛下の即位まで、十分な時間があった。憲法の趣旨と儀式のあり方について、国民的な議論が必要だったのではないか。

 しかし政府は、平成の代替わり時の前例を踏襲する方針を早々に決めてしまった。さまざまな意見が出ないうちに、異論を封じ込めたようにもみえる。

 前回の即位礼正殿の儀は、中庭に立てる旗の図柄から神武天皇の東征神話に基づくとされる八咫烏(やたがらす)を外すなど、宗教的色彩を薄めるよう努めたという。

 これに関して菅義偉官房長官は「現行憲法下で十分な検討が行われた」と評価し、今回の前例踏襲に理解を求めた。

 だが、前回の検討から約30年がたっている。前例に従うことが妥当だったのかは疑問だ。

 例えば、今年5月の即位後初の儀式に女性皇族は同席せず、皇族の出席は皇位継承資格のある男性皇族に限定された。

 男女同権に関する社会の意識変化を考慮していないように思える。そのまま倣ったのには違和感が残った。

 国費を支出することの是非についても同様だ。今回の即位に伴う一連の行事・儀式は、簡素化と経費節減が図られた。饗宴の儀は前回より回数を減らし、招待者の数も絞り込んだ。

 11月に行われる重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」も、中心儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」の舞台となる施設の建設費を圧縮し、使用した資材は再利用する方針だという。

 それでも、大嘗祭には27億円が見込まれている。神道形式で行われる宗教的性格を持つ儀式だけに、多額の国費を充てることに懐疑的な見方も存在する。

 平成の即位の礼や大嘗祭を巡っては、全国で違憲性を問う訴訟が相次いだ。いずれも原告敗訴となったが、大阪高裁は1995年、「違憲の疑いが否定できない」との判断を示した。

 昨秋には、皇嗣(こうし)秋篠宮さまが国費支出に疑問を示し、政教分離との整合性を指摘された。だが、政府が課題として取り上げて検討に動くことはなかった。

 儀式に関する本質的な問題を無視するのは、こうした議論が皇室のあり方への問いかけにつながり、安倍晋三政権が否定的な女性宮家創設や女系天皇実現などの論争に発展するのを避けるためではないのか。

 政府がこんな姿勢では、安定的な皇位継承の議論にも入れない。憲法が定める象徴天皇制の将来を危うくしかねない。