鬼が投げたという伝説が残る「鬼石」(京都府宮津市国分)

鬼が投げたという伝説が残る「鬼石」(京都府宮津市国分)

 明治以来、124年ぶりの節分となった2日、神社では関連の神事が営まれたが、コロナ禍による緊急事態宣言を受け、豆まきの自粛は保育園や家庭にも広がった。だが、そもそも丹後には豆まきをしない地域があると聞く。その理由を探し、鬼にまつわる独自の伝承を調べた。

 「鬼屋敷」「鬼池」。天橋立を眼前に望む京都府宮津市国分には、「鬼」の付く地名が点在する。鬼を敬って節分の豆まきをしなかったり、「鬼はうち、福もうち」というかけ声が残っていたりする家が多くある。

 同地区の国分寺に残る江戸時代中期の古文書には、人間の姿になり、同寺で召し仕えられていた鬼の夫婦の昔話が書かれている。成相山へ向かう旧道の入り口には、その夫婦が放り投げたという高さ70センチほどの「鬼石」も鎮座する。

 国分に近い溝尻地区にも、鬼の伝説を受け継ぎ、豆まきをしない家が数軒ある。内藤博子さん(83)の家もその一つ。内藤家の先祖が成相山で遭難し帰ることができなくなった際、大きな鬼に助けられた。以来、家で豆まきをすることは無く、正月にも鬼よけの門松は出さない。「子どもの頃は、なんで家ではやらんの、と思っていた」と思い返す。

 伊根町北部の限界集落・薦池(こもいけ)地区にも鬼に感謝し、豆まきをしない風習が残る。昔、村人が元伊勢神宮(現福知山市大江町)からの帰り道、雪のため大江山で立ち往生した際に鬼に助けられた―という理由からだ。

 鬼伝説で知られる大江山との関連について、府立丹後郷土資料館の学芸員、森島康雄さん(59)は「古文書などには残っておらず、独自の文化である可能性が高い」とみる。室町時代に広がった鬼子母神信仰や、修験道の道場だった成相寺との関連を示唆する。