黒田辰秋《赤漆流稜文飾手筐》 1955~59(昭和30~34)年

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 ZENBI―鍵善良房―KAGIZEN ART MUSEUM(京都市東山区)は1月8日に開館した。緊急事態宣言が出て人出が減ったが「慣れる期間と考え、ぼちぼちやっていきます」と今西善也館長は話す。

 今西館長は享保年間から続く祇園の菓子舗・鍵善良房の15代目当主だ。12代目の今西善造が木漆工芸家で人間国宝の黒田辰秋と親しく、鍵善は黒田作品を多数所有する。これらを常設展示し、祇園の文化も紹介できる場を構想し、実現した。

黒田辰秋《螺鈿くずきり用器「鍵」「善」「良」「房」「鍵紋」》《岡持ち》 1932(昭和7)

 祇園ならではの美があると今西さんは言う。鍵善が黒田に制作を依頼したくずきりの器は「菓子を食べる器でも祇園に集まる目も舌も肥えた人々を驚かせ、楽しませようと工夫した」。外は総螺鈿(らでん)、中は朱漆。「下品にもなりかねない意匠を黒田の美意識と技術でまとめた」

 学芸員の跡部祐子さんは、黒田の「赤漆流稜文飾手筺(あかうるしりゅうりょうもんかざりてばこ)」を初めて見て、大きさと造形の複雑さに驚いたという。「存在感と発想の豊かさに打たれた」

年黒田辰秋《螺鈿菓子重箱》 1938(昭和13)年

 黒田辰秋も祇園の生まれだ。父は塗師屋。辰秋は分業制だった木工芸品の一貫制作を志して独学し、独創的なデザインと漆や螺鈿の美しさが際立つ大小の作品を生み出した。柳宗悦や河井寬次郎の思想にも触れ、志賀直哉、小林秀雄、黒澤明ら当代一流の人々との交流を広げた。

 それは祇園の文化とも重なる。名士のサロン的な性格を持ち、人から人へとつながる親交が新たな商いや文化を生んだ。鍵善も寬次郎や黒田を中心に文化人が集い、扁額は武者小路実篤の揮毫(きごう)、商品に使う掛け紙は小林古径、近藤浩一路らがデザインしている。「祇園ではお茶や着物、三味線など職人仕事を必要とする文化がまだ生きている。道徳や美意識もかろうじて残っている」。一方で、今西館長は住民が減り、形だけの街になりつつある現状も感じる。その危機感が開館を後押しした。

 菓子にちなむ展示も考えている。禁裏にも納品した京の菓子屋は、有職(ゆうそく)故実に精通し、漢詩や和歌を題材に商品を作った。ほころぶ前の紅梅をかたどった「未開紅」など、名前も色も美しく、店ごとに作り方が違う。京文化の奥深さを伝えるものの一つだ。「観光とは違う形で京都に触れてもらえたら」。老舗ならではの発信を目指す。

(写真は全て伊藤信撮影)

 

 ZENBI―鍵善良房―KAGIZEN ART MUSEUM 12代目の今西善造が黒田辰秋に最初に制作依頼した「拭漆欅大飾棚(ふきうるしけやきおおかざりだな)」はいまも四条通の鍵善本店に据えられ、風格を漂わせる。上層階級に接し、茶道とともに発展してきた菓子屋は京文化の担い手でもあった。今西館長は、近現代の忘れられた芸術家に光を当てる展覧会も構想する。「京の街はこんな人たちを育ててきたのだと伝えたい」。東山区祇園町南側。075(561)2875。