住民が政治に直接参加できる制度の根幹を揺るがしかねない深刻な事態だ。

 愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)で、署名が大量に偽造された疑いがあるとして、県選挙管理委員会が地方自治法違反容疑で県警に刑事告発した。

 提出された署名43万5千人分の8割超が無効と判断された。このうち約9割は筆跡が重複しており、約半分は選挙人名簿に登録されていない人の名前だったという。名前を使われた人には、県議や市議も含まれていた。

 組織的な偽造があったと疑われるのは当然で、卑劣な行為と言わざるを得ない。誰が何の目的でやったのかを明らかにし、責任の所在をはっきりさせねばならない。

 昨年8月に始まったリコール運動は、美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が主導した。芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で展示された昭和天皇に関する作品などを問題視し、大村知事の対応を批判していた。名古屋市の河村たかし市長も支援していた。

 ただ、大村氏の解職の賛否を問う住民投票の実施に必要な約86万6千人分の署名を集めるのは、当初からハードルが高いとみられていた。運動が一定の支持を集めたと誇示するために署名の水増しが行われたのではないか、との疑念が持たれている。

 これに対し、高須氏は「不正を指示したことはない」と関与を否定し、「何者かが運動を妨害するために偽の署名をまぎれこませた」と主張している。

 運動中から参加者の中では不正署名があるとの声が上がっていたという。高須氏をはじめ事務局の関係者は、活動の進め方や集まった署名を精査すべきだったのでないか。責任逃れの発言と受け取られても仕方がない。

 リコール制度は、首長や議員を選ぶ選挙と同様に住民が直接民意を表すための大切な手段である。そのため、なりすましの署名のような不正に対し、地方自治法は懲役などの厳しい罰則を設けている。

 今回の問題を巡っては、事務局からの指示を受けて広告関連会社がアルバイトを動員し、偽の署名を書き込む作業をさせていた疑いが浮上している。

 捜査当局は、前代未聞の大規模な不正の実態解明に全力を尽くしてほしい。高須氏や河村氏は、捜査に全面的に協力すると同時に、説明責任を果たさなければならない。