多様性を認める社会の流れに逆行していないか。

 髪を黒く染めるよう学校から強要され不登校になったとして、大阪府立高の元女子生徒が府に損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁は教員らの指導に違法性はないとの判決を下した。

 校則は明確な法的根拠がなく、校長の裁量に委ねられている。判決は、その裁量の範囲を逸脱したとまでは言えないと形式的に判断したようにみえる。

 生徒指導を名目に、学校が生徒の権利を不当に制約していなかったかどうか、踏み込むべきではなかったか。

 元生徒は生まれつき髪が茶色なのに教員から再三指導されて精神的苦痛を受け、不登校になったと主張していた。

 判決は、学校側は元生徒の生来の髪色が黒だったと合理的な根拠に基づいて認識し、指導をしたと指摘した。その上で、校則は華美な頭髪などの制限で非行行動を防止するためで、制約も一定の範囲にとどまっており、違法とはいえないとした。

 ただ、頭髪の規制が非行防止に不可欠といえるのかまでは示していない。

 頭髪指導を巡っては、奈良県生駒市立中の女子生徒が黒髪に染めさせるのは体罰だとして市に損害賠償を求めた訴訟で、「教育的指導の範囲内」として請求を棄却した判決が最高裁で確定している。

 だが、もともとの身体的特徴を特別視する指導の在り方は人権侵害になるとの指摘もある。強制的に同じ格好を求める校則は過剰な同調圧力を生みかねない。

 今回の判決も「時代の変遷に伴い茶髪に対する社会認識に変化が生じている」と言及した。厳しいルールで抑え込むことが妥当なのか、考え直すべきではないか。

 元生徒の提訴を機に、ヘアピンの数や下着の色まで厳格に定めた「ブラック校則」が全国各地でクローズアップされた。子どもたちの多様性を尊重し、自ら考える力を養う場であるべき学校が、合理性を欠く規則で生徒を縛るのは教育の目的にかなうのだろうか。

 過剰な校則が残る背景には、子どもの生活に関わる指導全般を学校任せにする社会の風潮があるとの見方も示されている。

 校則を学校のホームページで公開したり、生徒らが中心になって自分たちのルールづくりに取り組んだりする動きも出ている。

 本当に必要な校則なのか、生徒や保護者を交えて議論を深めてほしい。