東京電力福島第1原発事故の発生から明日で10年になる。

 現場には放射線量が高く近づけない場所がいまだに多くあり、事故の全容は明らかになっていない。30~40年かかるという廃炉作業も入り口に立ったばかりだ。

 昨年12月、1日に約5千人が働く原発構内に入った。除染やがれきの撤去で放射線量は低くなり、ほとんどの場所は軽装で構わなくなった。だが、原子炉建屋から100メートルほどの高台に立つと、水素爆発で骨組みがむき出しになったままの1号機や、そのすぐそばで防護服に身を包んで行き交う作業員たちの姿が目に入った。

 過酷事故の処理は今も続いている。作業を着実に進めることが、政府と東電に課せられた責務だ。

 計画通りにはいかず

 廃炉への工程は順調に進んでいるとは言えない。

 使用済み核燃料の取り出しは、2014年に完了した4号機に続き、先月には3号機でも完了した。ただ、3号機の作業開始は、放射線量が下がらずに予定より4年以上遅れ、機材の故障などによる中断も相次いだ。

 建屋などの損傷が激しい1号機と水素爆発を免れた2号機は、ともに放射線量が高い。搬出は24年度以降に始まる予定だが、見込み通りに運ぶ保証はない。

 最難関とされる溶融核燃料(デブリ)の取り出しについても、東電は2号機で今年開始予定の作業を1年ほど延期すると発表した。作業用機器の試験が新型コロナウイルスの感染拡大の影響で停滞していることが原因という。

 政府と東電が11年に公表した最初の廃炉工程表は、デブリの取り出しを10年以内に着手するとしていた。だが工程表はその後に5回改定され、作業の多くが遅れている。廃炉は41~51年の完了目標を維持しているが、実現できるかどうかは不透明だ。

 切迫する処理水問題

 デブリの冷却水と汚染された地下水や雨水を浄化した「処理水」の処分も喫緊の課題だ。原発敷地内の保管用タンクの容量は、22年夏から秋以降には満杯になるとされている。

 処理水には、人体や環境への影響はほとんどないとされるが除去できない放射性物質トリチウムが含まれている。処分方法を議論してきた政府の小委員会は昨年2月、放射線監視などの技術面から海洋放出の優位性を示す提言をまとめた。

 だが、地元からは懸念の声が上がっている。福島県沖では魚の出荷制限が昨年に全面解除となり、本格操業が視野に入る段階にあるだけに漁業関係者が風評被害への懸念を強めるのは当然だろう。

 東電は、今後の廃炉作業に必要な施設の整備を考慮するとタンクを増設する余地はほぼない、との認識だ。だが、「放出ありき」の姿勢は不信を招く。漁業者や地元自治体との対話による調整に全力を挙げるべきだ。

 除染で発生した大量の土や草木などの処理も先が見通せない。

 福島県双葉町と大熊町にまたがる中間貯蔵施設を取材した。黒い大きな袋に詰められた廃棄物は工場でふるいにかけられ、分別された土がベルトコンベヤーで屋外の貯蔵用地に運ばれていく。緑に囲まれた広大な土地は、かつて住民の家屋や田畑が広がっていた。

 廃棄物は貯蔵用地で保管した後、45年までに県外で最終処分すると法律で定められているが、受け入れ先の議論すら始まっていない。地元からは「ここが最終処分場になるのではないか」と不安の声が上がっている。

 原発事業は国策として進められてきた。事故の後始末を、福島の人たちだけに押しつけるわけにはいかない。国民共通の重要課題として認識しなければならない。

 未曽有の事故を経験したにもかかわらず、この10年で原発は定期検査中を含め9基が再稼働した。原発の電源構成比を引き上げるため、政府は老朽原発の再稼働も計画している。関西電力高浜1、2号機(福井県高浜町)や美浜3号機(同美浜町)で、いずれも運転開始から40年を超えている。

 「安全神話」を作るな

 気になるのは、政府が「世界一厳しい」と繰り返す新規制基準の合格を理由に、再稼働への理解を得ようとしていることだ。

 だが、全国で相次ぐ運転差し止め訴訟では、基準の正当性や原子力規制委員会の判断が問われるケースも出ている。新たな「安全神話」を作り出し、思考停止に陥ってはならない。

 日本世論調査会が18年に行った調査では、原発の在り方は「いますぐゼロ」と答えた割合が11%、「将来的にゼロ」が64%を占めている。菅義偉首相は昨年、50年までに国内の温室効果ガス排出を実質ゼロにすると表明したが、それを口実に原発を推進することは民意を踏まえていると言えない。

 過酷事故を起こした複数原発の廃炉は、世界でも例がない。世代をまたぐ長期戦となり、作業や技術開発を担う人材育成と記憶の継承が不可欠だ。政府と東電は、現状や将来に対する厳しい認識と覚悟を新たに難事業に立ち向かわねばならない。