合唱曲「群青」を初めて披露する小高中合唱部(2013年3月、長岡京市天神4丁目・長岡京記念文化会館)

合唱曲「群青」を初めて披露する小高中合唱部(2013年3月、長岡京市天神4丁目・長岡京記念文化会館)

 東日本大震災で被災した福島県の中学生が、合唱曲「群青[ぐんじょう]」を初めて披露し、全国へ広がるきっかけとなった京都府長岡京市の復興支援コンサートが、新型コロナウイルス禍で今年も中止になったことを受けて、一般社団法人「ハーモニー・フォー・ジャパン」がこのほど、歩みをたどる座談会をオンラインで開いた。


 「ハーモニー・フォー・ジャパン」は、東北で盛んな合唱の復興に特化した団体。2012年から同名のコンサートを始めた。2回目の開催となった13年3月。東京電力福島第1原発から20キロ圏内にある小高中(福島県南相馬市)の生徒が参加し、歌ったのが創作曲「群青」だった。

 見える景色は違っても 遠い場所で君も同じ空 きっと見上げてるはず
 「またね」と手を振るけど 明日も会えるのかな

 原発事故で友達が散り散りとなった寂しさや、先の見えない生活への不安を抱える生徒たち。彼らがこぼした飾らない言葉を、歌詞として紡いでいた。社団法人が楽譜を出版すると全国で反響を呼ぶ。のちに高校の教科書にも採用され、震災を語り継ぐ曲として広がった。

 オンライン座談会では、代表理事の吉田健太郎さん(59)さんが「合唱が盛んな東北地方の仲間たちが、歌える勇気を持つ機会をつくりたいと思った」とコンサートを企画した経緯を説明。過去の動画や音声を通じ、国内外からさまざまな団体や個人が関わった過程や思い出を語り合った。


 12年3月に開催された初回は、岩手県陸前高田市の高田高の生徒が、メッセージが寄せた。「濁流がまちを飲み込んだ」「陸前高田の海や広い松原の景色など、もう見ることのできない世界が広がる校歌。私は歌えなくなっていた」。悲痛な胸の内が明かされた当時の音声に、出演者が思いを巡らせた。

 「群青」が初めて披露された第2回の映像には、観客の鳴りやまぬ拍手の中で、何度も涙をぬぐう生徒たちの姿があった。「群青」の詩を構成し、作曲した中学校教諭の小田美樹さん(47)=福島県いわき市=もオンライン座談会に参加し、当時の様子を穏やかな表情で見守った。

 「子どもたちが思い通りにいかない悔し涙を流すのは何度も見ていたが、自分たちが受け入れられ、安心できたことで涙をこぼしたのは初めてだった」。そう感慨深く話した。

 「群青」の楽譜は13年8月に出版された。ただ、編曲した作曲家信長貴富さんには、小田さんと中学生が作った大切な曲が商品として消費されることや、実体よりも物語の方が求められている時期に出版したことに、葛藤があったという。

 信長さんは「震災のことや共有している物語が忘れ去られた時に、評価される。私は真価を問うために裏方として関わったという気持ちの整理をした」。震災から10年を前に、小高地区から見える、青々とした海を想起させる曲名は、全国へと広がった。被災者だけでなく、多くの人の記憶に残っている。

 団体は、合唱の復興を10年間で達成し、解散できることを願って活動してきた。代表理事の吉田さんは「新型コロナで、合唱そのものが否定されてしまっているが、いち早く解散できることを夢見て、来年も引き続き取り組みたい」と前を向く。コンサート同様、出演者全員がオンラインで「群青」を歌い、座談会の幕を閉じた。

 次回のコンサートは22年3月5、6日に長岡京記念文化会館(長岡京市)で開く。座談会の抜粋版の動画を、投稿サイト「ユーチューブ」で公開している。団体のホームページからもアクセスできる。