空前の大災害となった東日本大震災から、きょうで10年となる。

 死者、行方不明者、災害関連死は計約2万2千人。避難者約4万1千人は全都道府県に及ぶ。被災者の生活再建は道半ばだ。

 震災はまだ終わっていない、というのが実感ではないか。

 この間、まちを一から造り直すような大規模事業に巨費が投じられ、宅地造成や防潮堤、交通網などの整備が着々と進んだ。

 だが、10年の歳月は個々の被災者の人生設計を大きく変えた。人口減、少子高齢化が加速し、経済産業構造の変化も進んだ。

 被災者の暮らしは底上げできたのか、取り残されている人はいないか、地域のなりわいは取り戻せたか-。目指した「復興」が適切だったかどうかが問われている。

 大型公共事業に力点

 これまでの施策や事業を詳細に点検し、実情に合った支援の在り方を再構築することが必要だ。政府や自治体は、被災者を支える重い責任を改めて自覚してほしい。

 復興の力点が大型公共事業に置かれていたことは明らかだ。

 甚大な津波被害を受けた岩手、宮城、福島3県の沿岸部では、三陸沿岸道路(青森県八戸市-仙台市、359キロ)が今年中に全線開通する。震災までの完成は36%だったが、急ピッチで進んだ。

 防潮堤(高さ2~16メートル)も3県沿岸に延べ340キロが計画され、7割超が完成している。

 復興事業に関する国の2011~19年度の支出は33兆4千億円。うち土木などのハード事業関連が17兆円超を占める。自治体への交付金や土地造成などのほか、道路整備に2兆円、防潮堤には1兆円以上が充てられた。

 これに対して、被災者支援には仮設住宅や避難所の経費も含めて2兆2千億円。このうち生活再建支援金の給付総額は3700億円にとどまった。

 住民の願いと「ずれ」

 ハード事業の規模と格差があまりに大きい。給付額を手厚くして生活再建を支えれば費用のかかる公営住宅の建設を抑制できた-と指摘する識者もいる。

 幹線道路などの整備が広域交通の利便を向上させるのは確かだ。

 だが、人口減少や高齢化などが進行する地域社会の変化とずれていた面があったことは否めない。

 沿岸部では、宮城県女川町の4割減など人口流出が著しい。被災3県でかさ上げして区画整理した土地も、3割で用途が未定だ。新しいまちをつくろうにも、にぎわいを取り戻すのは容易ではない。

 インフラは長期間にわたり暮らしを支えるが、人間の時間には限りがある。復興事業は、そんな現実を置き忘れてはいなかったか。

 被災者が住宅再建するための宅地は用地取得が難航し、整備完了は昨年末までかかった。待ちきれずに地元での再建を諦めて転出する人も少なくなかった。

 津波で被災した居住地をかさ上げするか内陸に移転するかで意見が分かれ、居住地でのまちづくり計画を縮小した地域もあった。

 原発事故で避難を余儀なくされた福島県の被災者の中には、避難先に定着した人も多い。避難指示が解除された10市町村の小中学校では、学校再開後の児童・生徒数が事故前の1割に激減した。

 懸命な生活再建の中でそれぞれの事情があり、やむを得ない面もある。ただ、地域再生の担い手の先細りには危機感も募っている。

 新たな住環境で高齢者などが孤立する事例も目立った。3県に約3万戸整備された災害公営住宅では昨年末までに324人の孤独死が確認された。迅速な建設と入居を優先し、コミュニティーづくりや入居後の支援が不十分だったとの指摘は重く受けとめるべきだ。

 行政の用意する施策や事業の枠組みが住民の願いとマッチしていたかどうか、検証が要るだろう。

 政府は一昨日、復興の基本方針を改定した。津波被災地でのインフラ整備がほぼ完了したとして、今後は被災者の心のケアや産業再生に力を入れるとする。

 支え合いの議論必要

 暮らしや地域の将来を見据えた方向へ、視点を転換させる必要がある。復興の主体が被災者であることを忘れず、生活者の視点で柔軟な取り組みを進めてほしい。

 震災3カ月後にできた復興基本法は、復興の理念として「単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生」「新たな地域社会の構築」「21世紀半ばの日本のあるべき姿を目指す」を掲げた。

 まだら模様の復興状況は、活力に乏しい地域社会の姿を映し出したようにも見える。そんな現状が21世紀半ばの日本の姿を先取りしているとすれば、皮肉なことだ。

 深刻な自然災害が頻発する今、「復興」は日本にとって大きなテーマである。東日本大震災後10年の在り方は、その先例となる。

 忘れてならないのは、被災者同士が絆を強め、多くのボランティアが駆け付けるなど、助け合う姿勢があちこちで見られたことだ。

 復興予算の多くを賄った「復興増税」には批判もあるが、国民が広く負担して被災地をみんなで支え合う仕組みともいえる。

 災害からどう立ち直るか。その議論をさらに深める時だ。