夫・五郎作さんの遺影を手にする生前の水原千代さん(2019年12月15日、滋賀県東近江市下中野町・県平和祈念館)

夫・五郎作さんの遺影を手にする生前の水原千代さん(2019年12月15日、滋賀県東近江市下中野町・県平和祈念館)

 昨夏の戦没者追悼式に全国最高齢の遺族として参列するはずだったが、新型コロナウイルスの影響で出席を見送った滋賀県近江八幡市安土町の水原千代さんが2月23日、102歳で亡くなった。戦地フィリピンで夫を亡くした千代さんは、戦後75年の節目の参列を強く望んでいたという。長男一夫さん(79)は「母は残念がっていたが、今頃、天国で父と再会したのでは。不戦への思いは私が引き継ぎたい」と話す。

 同町出身の千代さんは1941(昭和16)年に農家の五郎作さんと結婚。翌年に一夫さんをもうけたが、五郎作さんはフィリピンに出征し、同年12月25日、ミンダナオ島で銃弾を受けて戦死した。


 24歳だった千代さんは収穫した野菜を売り歩き、造花や裁縫の内職をして家計を支えた。遺族年金はわずかで、台風で壊れた屋根を直す余裕もなかった。一夫さんの高校卒業時に「父親がいない子にいい就職口はない」と近所の人に言われたことを晩年まで悔しがっていたという。


 苦しい生活の中で、県遺族会婦人部で同じ境遇の会員たちと励まし合い、遺族の待遇改善や国への平和要望に尽力。90年には、五郎作さんが戦死したミンダナオ島を一夫さんと訪れた。7年前に市内の高齢者施設に入居してからもテレビや新聞を好み、北朝鮮の核問題などアジアの情勢を憂えた。「世界でも家庭でも平和が大切」とたびたび家族に語っていた。


 昨年8月15日に東京で開かれた全国戦没者追悼式は、最高齢の出席者として一夫さんと孫と3代で参列予定だったが、コロナ禍で取りやめ、テレビで式典を見守った。


 先月下旬から食事がのどを通らなくなり、23日に老衰で亡くなった。一夫さんは「父の戦死がよほどつらかったのか、思い出を語ることはほとんどなかった。戦争のない天国で、やっと一息ついていると思う」と話す。