「タンデムを楽しむ会」理事の田井太加次さん。タンデム自転車の後席は記者(京都府綾部市)

「タンデムを楽しむ会」理事の田井太加次さん。タンデム自転車の後席は記者(京都府綾部市)

タンデム自転車の許可状況

タンデム自転車の許可状況

 目の不自由な人や親子など幅広い層で楽しめる、2人乗り自転車「タンデム」の公道走行の全面解禁が全国で広がっている。視覚障害者の移動手段としてだけではなく、観光客誘致やスポーツ振興などへの期待も大きく、加速度的に注目を集めている。タンデムの公道走行を全国に先駆けて認めたのは軽井沢などの避暑地で知られる長野県。同県警によると、道交法の施行細則を改めた1978年当時の文書には「改正の必要がある」との記載があるだけ。解禁に至った背景は謎という。

 30年後の2008年。自転車愛好家や障害者支援団体の働きかけで、兵庫県が全国2番目に同細則を改正した。同様の動きは次第に広がり、18年には千葉など7県が一気に解禁するなど2月1日時点で23府県(警察庁調べ)で公道走行が可能となっている。

 京都府では、視覚障害者の支援団体「ユニーズ京都」と京都サイクリング協会の要望が実り、15年に解禁となった。

 同協会は昨年5月、交通量が多い街中を避け、八幡市内の木津川サイクリングロードで初めて公道での体験会を開催。視覚障害者ら約20人が約10キロを走り抜けた。井原秀隆理事長(71)は「安全に走れる環境整備を進めるためにも、タンデムをもっと知ってほしい」と話す。

 自転車で琵琶湖を一周する「ビワイチ」を推進する滋賀県は、県視覚障害者福祉協会と県トライアスロン協会の要望を受けて昨春、解禁した。彦根市のNPO法人「五環生活」が有料でタンデムを貸し出し、12月末までに観光客ら32件の利用があったという。タンデムで琵琶湖畔を走る愛好家もおり、県交通戦略課は「安全を確保しながら誰もが楽しめるよう普及していきたい」としている。

 東京五輪のキャンプ地誘致をにらんで解禁に至ったのは千葉県だ。房総半島南部は海沿いの景色がよく信号機が少ないこともあって多くのサイクリストが集まる。リオデジャネイロ五輪トライアスロン女子代表で京都市出身の上田藍選手(35)も練習拠点にする。一昨年に自転車のオランダ代表陣が視察に訪れた際、タンデムが禁止されている点に疑問を呈したことがきっかけで、館山市など県南部の自治体が中心となり、見直しを求めていた。

 「もう一度、夫婦で自転車に乗れる日が来るとは思わなかった」。京都府舞鶴市の田中光重さん(71)と妻の壽美さん(64)はタンデムに出会った日を振り返る。

 壽美さんは25年前、次第に視力が低下する網膜色素変性症と診断された。それでも、テレビ鑑賞や車の運転、保育士として働くなど日常生活に支障はなかった。転機は59歳。胸腺がんを患い、治療の過程で一気に目が見えなくなった。

 外出機会が減る中、昨年3月、舞鶴市内で開かれたタンデム試乗会に参加した。前席でハンドルを握る夫に身を委ね、後席でペダルをこいだ。風を切る爽快感、体に伝わる振動、車上での夫婦の会話-。すべてが新鮮だった。「恐怖心より、喜びの方が大きかった」と壽美さん。現在は綾部市の「タンデムを楽しむ会」で仲間と過ごす時間を生きがいの一つとしている。

 同会は京都府視覚障害者協会綾部支部やボランティアが中心となり、2015年秋に発足した。市社会福祉協議会に「タンデムステーション」を開設し、保有する3台のタンデムを会員に貸し出したり、各地で乗車体験会を開いたりするなど普及活動に取り組んでいる。

 認知症の当事者や支援者らが少しずつ走ってたすきをつなぎ、日本列島を縦断する「RUN伴(とも)」にも2年連続で参加。タンデムでのたすきリレーは珍しく、府北部の「ランナー」を務めた全盲の神田昌胤さん(71)=舞鶴市=は「多くの人と触れ合い、励まされた」と笑顔を浮かべた。

 視覚障害者が乗る際、交通規則や正しい乗り方、マナーを熟知した先導役が欠かせない。同会は前席に座るパイロットの講習会も開いており、目が不自由な白木剛会長(77)=京都府綾部市=は「タンデムが広がれば閉じこもりがちな高齢者や障害者が外出するきっかけになる。そのためにももっとパイロットを増やしたい」と期待を込める。

 幼少期から弱視で43歳の時に視力を失った滋賀県視覚障害者福祉協会副会長の山野勝美さん(67)=彦根市=は昨年11月下旬、琵琶湖の琵琶湖大橋より北側の北湖1周(約150キロ)を2日かけてタンデムで走破した。綿密な計画や伴走などサポートがあっての完走だけに「危険も多くてしんどい。無理がない距離を楽しんで」と呼びかける。

 自ら知事に要望していた公道走行解禁が実現し、「ビワイチ」挑戦を思い立った。知人がパイロットや伴走を引き受け、5回に分けてコースを試走するなど2カ月間練習を積んだ。13キロ程度だった平均時速は18~19キロに上がったという。

 当日は、ドライバーが識別しやすいよう「視覚障害」と書かれたビブスを着用し、長浜市内を出発。冷たい雨と強い向かい風に苦戦しながら賤ケ岳など難所を越え、約90キロ先の琵琶湖大橋西詰まで約7時間半かけてたどりついた。サイクリング日和となった2日目は同橋を渡り、湖東地域を北へ進んで無事ゴールした。

 マラソンなどで県内は走り慣れていたが「狭くて交通量が多い道はやっぱり怖かった」と山野さん。視覚障害者が買い物など日常生活でタンデムを利用できれば理想といい「パイロットの育成が重要。タンデムの楽しさを実感してもらうためにも気軽に乗れる場所が増えてほしい」と話す。