西寺講堂跡で見つかった基壇。平安初期の造営時の姿をとどめ、建物焼失後に据えた礎石も残る(24日午後2時、京都市南区)

西寺講堂跡で見つかった基壇。平安初期の造営時の姿をとどめ、建物焼失後に据えた礎石も残る(24日午後2時、京都市南区)

 西寺 平安京遷都(794年)に伴い、国家鎮護のために朝廷が運営に関与した官寺として東寺とともに建立され、京域ではほかに寺院の建築は認められなかった。

 796年頃に造営が始まり、僧侶が学を修める講堂は832年に完成、882年に五重塔造営を開始。天皇の法要を営み、僧籍を管理する機関も置かれた格上の官寺だったが、律令体制の崩壊とともに衰え、990年に講堂、1233年に塔が焼失した。対して、東寺は823年に空海へ与えられ、焼失後も当初の遺構の上に再建されたとされる。