新たに発見された森鷗外の手紙。ドイツ語などを織り交ぜて説明している。封筒には本名の「森林太郎」と書かれている。(17日、京都市西京区・国際日本文化研究センター)

新たに発見された森鷗外の手紙。ドイツ語などを織り交ぜて説明している。封筒には本名の「森林太郎」と書かれている。(17日、京都市西京区・国際日本文化研究センター)

手紙を書いた森鴎外(国立国会図書館蔵)

手紙を書いた森鴎外(国立国会図書館蔵)

 小説「高瀬舟」や「舞姫」で知られる文豪で軍医でもあった森鷗外(1862~1922年)が、部下の軍医に宛てた手紙29通が17日までに見つかった。うち24通は新発見で、調査を進めている国際日本文化研究センター(京都市西京区)の石川肇助教(日本近代文学)は「鷗外の翻訳論や軍医としての側面を知る上で重要な資料」としている。

 手紙は1902~18年に書かれ、一緒に保管されていた資料から鷗外が書いたと判断した。石川助教が古美術商を通じて確認した。

 これまでに読み終えた18年11月2日付の1通は、ある外国語小説の翻訳の解釈を質問したのに返答したものと見られる。鷗外はフランス語やドイツ語の文章を示して、「訳文はひどく細工したる者にて原文は簡潔に候」と丁寧に説明している。鷗外は16年に軍医を退いていたが、軍医同士の関係性の深さが読み取れるという。

 専門家でも解読が難しい筆跡で、他の手紙は時間がかかる見込みという。石川助教は「これだけ大量に見つかったのに驚いた。没後100年の来年に向けて、鷗外の業績を解明していきたい」と話している。