オンライン取材に応じて、自作について語る大前さん

オンライン取材に応じて、自作について語る大前さん

大前さんの新著「おもろい以外いらんねん」(右)と「岩とからあげをまちがえる」

大前さんの新著「おもろい以外いらんねん」(右)と「岩とからあげをまちがえる」

 京都市在住の作家大前粟生(あお)さんが新刊2冊を刊行した。お笑い芸人たちの成長と葛藤をコミカルに、時にシリアスに描いた中編小説「おもろい以外いらんねん」と、絵本とも詩集ともつかない異色の短編集「岩とからあげをまちがえる」。対照的な2作だが、大前さんは「どちらも『笑い』がテーマで、どちらもコロナの時代だから生まれた作品」と話す。

■「おもろい」 同質社会や「いじり」に違和感 「岩とからあげ」 コロナ禍生まれた新発想

 「おもろい-」は、現代社会の中における「笑い」の問題を正面から取り上げた。お笑いコンビ「馬場リッチバルコニー」を結成した滝場とユウキくん、そして芸人にならなかった俺。仲良し男子3人組の10年の軌跡を追った青春小説だ。「男社会を煮詰めたような」同質社会や、他人をおとしめるような「いじり笑い」への違和感を交えつつ、笑いとは何かを追い求めていく。こんなセリフがある。「『傷つけない笑いをしているからすばらしい』とかいわれたら白けるやろ。おもろい以外いらんねん」

 大前さんは「『笑い』といっても多義的。作り込まれたネタの中の笑いは面白いけれど、場を回すためだけの笑い、実在の人物をいじって笑いを取るのは嫌い」と、自らの「お笑い」観を明かす。コロナ禍による無観客の劇場でも「笑うお客さんがいないのに、こういうのが受けるだろうと『いじめ』のようなノリを舞台上で再生産している。ネタは面白いのに、フリートークでイヤなことを言う芸人さんを見ると複雑な気持ちになる」

■漫才と小説、近縁

 思い返せば幼少期から「笑い」に囲まれていたという。「学校の教室は、場を回して笑いを取れる人が一番偉いという空気に満ちていた。テレビ番組の空気感が反映された日常を生きていた」

 一方、言葉を使って笑いを生み出す漫才やコントへの愛は強い。作中でも「小説と漫才は似ていた」とつづり、こう続ける。「描かれているものは本当はそこにないのに、みんなそれがそこにあるという体を信じている。『これをやってみたいんやけど』とはじめる漫才のシチュエーションも小説の設定も、それがうそだとわかっているのに作り手と客で共犯するように信じて、半分うそで半分本当のショーになっていた」

 小説内にオリジナルの漫才ネタ1本をまるごと収めた。漫才のボケとツッコミを小説の中に入れると「がちゃがちゃして、いろんなものを詰め込める楽しさがあった」と振り返る。

■「変わらなさ」救い

 笑いを取り巻く常識や制約などの社会に目を向けた「おもろい-」に対し、「岩と-」は笑いの「実践」と言えるかもしれない。「ツッコミがなくひたすらボケが続いていく感じ」という作品は、わずか数行の超短編と自筆のイラストで構成される。冒頭の表題作はこんな作品。

岩とからあげをまちがえる。岩とからあげをまちがえたから、歯がかけちゃった。みちこちゃん、落ちてるものをたべないでね。歯医者さんはやさしくいう。みちこちゃんは歯医者さんがすきだから、それからときどき、岩とからあげをまちがえる。

 コロナ禍の昨年夏以降、散歩しながら書きためたという。「人間社会から少し離れ、自然やモノの『変わらなさ』に救われた。人間的な因果関係に縛られない文章を目指した」と語る。「見間違えや、聞き間違えから発想を膨らませ、意外なつながり、新しいつながりを見つけていく」。それは、どこかお笑いに通じるという。

 「おもろい以外いらんねん」は河出書房新社刊、1540円。「岩とからあげをまちがえる」はちいさいミシマ社刊、2200円。