【資料写真】2019年の日本選手権で笑顔を見せる大橋(東京辰巳国際水泳場)

【資料写真】2019年の日本選手権で笑顔を見せる大橋(東京辰巳国際水泳場)

 湖国で生まれ育った競泳日本女子のエースが東京五輪へ挑む―。東京都内で3日に開幕した日本選手権の女子400メートル個人メドレーで、彦根市出身の大橋悠依(25)=イトマン東進、草津東高―東洋大出=が優勝し、競泳女子で第1号となる五輪代表切符をつかんだ。大会ではメダル獲得が期待され、家族や恩師らは今後の活躍を願った。

 東京五輪会場となるプールで、他を寄せ付けない大きく、ゆったりとした泳ぎが際立った。初の五輪切符を手にした大橋は「欲しい色のメダルを取ってこそ、オリンピアンと名乗れると思う」。競泳女子を背負う覚悟がにじんだ。


 走ることも、球技も苦手だった三姉妹の末っ子は彦根市のスイミングスクールで基礎を築いた。全国では無名だったが、草津東高卒業までに100メートル背泳ぎや200メートル平泳ぎなど4種目で滋賀県記録を樹立。腕全体で水をつかむ技術と、力に頼らない大きな泳ぎは異彩を放った。北島康介さんらを育てた平井伯昌(のりまさ)・日本代表ヘッドコーチ(57)の目に留まり、目指す景色が変わった。


 だが、順風満帆ではなかった。極度の貧血やけがに悩み、大学2年で挑んだ日本選手権は予選最下位。宿舎から会場へ移動できないほど落ち込み、「体も気持ちもしんどかった」と水泳をやめることも考えた。10代から活躍するトップスイマーも多い競泳界で才能が花開いたのは21歳。初出場の世界選手権200メートル個人メドレーで日本新記録を樹立し、銀メダルを獲得。一躍、脚光を浴びた。

 決勝は、予選から3秒以上もタイムを縮めての圧勝だった。五輪代表に届かなかった16年の選考会を振り返り、「ぎりぎりで狙うのではなく(五輪への)通過点として挑めた。5年間の成長かなと思う」と語る。紆余曲折(うよきょくせつ)を経て真の日本エースに成長した大橋が今夏、メダルに挑む。

 レース後、大橋は隣のレーンを泳いだ盟友の清水咲子(28)、谷川亜華葉(あげは)(17)と健闘をたたえ合った。彦根市にある自宅のテレビで決定の瞬間を見届けた父親の忍さん(62)は「目指してきた夢がかなった」と喜んだ。前回五輪の選考会は3位で惜しくも出場を逃したが、「娘にとって遠い夢だった五輪が現実味を帯びた」という。その後は2種目で日本記録を樹立し、世界選手権でメダルを獲得するなど日本女子の第一人者に。6日に決勝がある200メートル個人メドレーでも五輪出場を目指す娘に「ライバルは多いが、頑張ってほしい」とエールを送った。


 幼少期から彦根のスイミングスクールで練習を重ねた大橋。小学校から高校まで指導した奥谷直史・堅田イトマンスポーツクラブ所長(52)=草津市=は「いつも通りの力を出した結果だろう。彼女にとっては、ここからがスタートだと思う」と語った。

 最近は年に1度顔を合わせる程度だが、失敗レースの後でもすぐに泳ぎを立て直す大橋に「気持ちの切り替えがうまくなった」と成長を感じる。今年の初めにも会い、「落ち着いていて、五輪延期などに神経質になっている様子はなかった。元気に本番を迎えて」と語った。

 喜びの声は高校の恩師からも。草津東高で担任だった滋賀県職員の藤江隆史さん(47)=彦根市=は「教え子がオリンピアンになるなんて、なかなか経験できない。本番はベストな状態で臨んでほしい」。県水泳連盟の沢弘宣理事長(59)=大津市=は「大橋選手は国体に県代表で出場するなど地元を大事にしてくれ、五輪出場は滋賀の小さい子の励みになる。高みを目指してほしい」と声を弾ませた。