報道の自由をどう考えているのか。東京五輪・パラリンピック組織委員会の見識が問われよう。

 五輪開会式の演出案を、週刊文春が報じたことで、組織委が発売元の文芸春秋に書面で厳重抗議した。

 それだけではない。掲載した週刊文春の回収やオンライン記事の全面削除まで求めている。

 自由な報道に対する、どう喝ではないか。組織委は公共性の高い公益財団法人であり、政治家がトップを務め、政権ともつながりがある。強権的圧力と言われても仕方なく、看過できない。

 週刊文春編集部が「こうした不当な要求に応じることはない。今後も取材、報道を続けていく」と、はねつけたのは当然だ。

 問題になっているのは、国際オリンピック委員会(IOC)にプレゼンテーションしたとされる演出案の資料が、複数枚の画像付きで週刊文春やオンライン記事で掲載されたことだ。

 五輪の開会式はサプライズの演出が世界の注目の的であり、内容は「トップシークレット」とされる。それだけに組織委に衝撃が走ったようだ。

 抗議の中で、画像の掲載は著作権侵害にあたり、代替案をつくる作業を強いられるため業務妨害になるとしている。しかし、著作権法は報道の目的上、正当な範囲で著作物を利用することを認めている。

 文春側が、巨額の税金も投入される五輪の開会式の内情を報じることには高い公共性、公益性があると主張するのはもっともだ。

 そもそも記事は、開会式の演出責任者が最終段階で外された不透明な経緯をリポートしている。その後任が差別的な演出アイデアを示していたことが明らかになり、辞任している。

 組織委では、森喜朗前会長の女性蔑視発言や五輪エンブレム盗用疑惑など不祥事が後を絶たない。組織体質に厳しい目が向けられていることを認識する必要がある。

 五輪の人件費の「肥大化」を報じた新聞社に、組織委は謝罪と訂正を求めている。

 コロナ禍での聖火リレーや五輪開催の可否をめぐり、さまざまな意見や批判が飛び交っている。

 組織委は独善的にならず、しっかりと受け止めるべきだ。できるだけ情報を公開し、批判に応える姿勢を示してもらいたい。

 報道する側には、国民が疑問に思う事象を取材し、伝えていく責務がある。