地元住民らで研究を進めている松山城跡について説明する看板(京都府南丹市美山町三埜)

地元住民らで研究を進めている松山城跡について説明する看板(京都府南丹市美山町三埜)

 京都府南丹市美山町三埜で室町時代に造られたとされる「松山城」の城跡を生かした地域おこしに、地元の岩江戸区の住民らが取り組んでいる。城についての伝承や由来などを説明する看板を制作した。

 「北桑田郡誌」などによると、松山城は、地域を統治していた松平兵部石見守が1430年に築城したとされる。明智光秀が丹波攻めをしていた時期の1577年に農民一揆で落城したと伝えられている。

 城跡は旧大野小の裏山にあるが、地元では詳細な歴史が伝わっておらず、活用もしていなかったため、2019年から城について知る取り組みを始めた。山城研究家も交え、山に登って城や堀の跡を確認したり、地元の史料を読んだりした。

 看板は、活動の集大成として作成。城の伝承などを記載したほか、近くに防御用の堀跡があることも紹介している。区長の男性(66)は「城の歴史をきちんと残したい。判明していないことも多いので、もっと深く調査を続けられたら」と意気込んでいた。