京都新聞の子ども向け新聞「ジュニアタイムズ」で2020年12月、世界的に活躍する京都市出身の指揮者・佐渡裕さんを、小学生のこども記者が取材した。この日、芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センター(西宮市)では、新型コロナウイルスの感染予防対策を講じた上で、ベートーベンの「交響曲第9番」(第九)の演奏会が開催された。佐渡さんは、舞台に立てる喜びや、困難な時期だからこそ感じた音楽の力、第九の魅力について語った。インタビューの詳報と、ジュニアタイムズ掲載記事の一部を紹介する。

リハーサル後、インタビューにのぞんだ佐渡さん。「ぜひ自分の好きな音楽にふれていてほしい」とメッセージを送った(12月12日、兵庫県西宮市・兵庫県立芸術文化センター)

 ―音楽活動で大切していることは。

 「自分の頭の中に楽譜を入れるということを大事にしている。自分のオーケストラ以外にも、ゲストでドイツやフランス、イタリアなど約70団体を指揮しており、十分に言葉が通じない国に行くこともある。体の中に音楽が入っていて、深く理解していることがオーケストラのメンバーに伝わると、メンバーと信頼関係を作ることができる。僕にとって譜面を読み、音楽を自分の体に入れる、というのはすごく大事なこと」

 「オーケストラの醍醐味でもあり、難しいことでもあるが、オーケストラや合唱で100人集まれば、その人たちの思いを心地よく、一つにまとめていかないといけない。みんなそれぞれ違うことを考えているという前提で、お互いに聞き合い、声の大きい人だけが正しい意見ではないなど、その都度必要な判断をしている」

 ―音楽活動を通して、人々に伝えたいことは。

 「(2020年は)コロナの影響で、たくさんの演奏会がキャンセルとなった。(昨年7月には)やっと演奏会ができ、音楽を多くの人に聴いてもらえることに、大きな幸せを感じた。同時に音楽は、人を元気にしたり、喜びや苦しみも共有できたりと、とても大きな力を持っていると思った。音楽は、一緒に生きていることを大きな喜びだと人々が感じるために、音楽の神様が僕らに与えてくれたような気がする」

 「いまはマスクをして握手もできず、ハグもできない。ハイタッチもできない。そういう危機だが、僕は音楽で、人と人とがつながるということを感じてもらえるよう、これからも活動していきたい」

迫力ある演奏と歌声が響いた第九の演奏会。佐渡さん(中央)が、伸びやかにタクトを振りました=撮影・飯島隆、提供・兵庫県立芸術文化センター

 ―佐渡さんといえば、やはり「第九」。「第九」の魅力とは。

 「ベートーベンの第九は音楽の歴史上、大きな革命だった。それまでの交響曲は、バイオリンやトランペット、フルートなど、器楽の曲だったが、そこに誰もが持っている楽器、人の声が響いた。しかも歌詞がある。みんなで一つになろう、などというメッセージが発信されたのは、大きな出来事だった」

 「第九は「歓喜の歌」と言われ、年末におめでたい曲として扱われているが、四つの楽章のうち、4楽章の冒頭はぶつかって、きたない音から始まる。荒れ狂ったファンファーレで始まり、ベートーベンが書いた詞を歌い上げる。

 『友よ、こんな音ではない、もっと心地よい歌を歌おう』と。

 つまり、いまの世の中は決して喜びに満ちたものではない。もっとみんなで力を合わせて平和になろう。理想の世界へ世の中を変えていこう。それが喜びだ、と伝えている。言い換えれば、喜びというのはそう簡単には手に入らないということが書かれた歌だ。しかも誰もが口ずさめるメロディーで、簡単に書いてある。僕は応援歌だと思っている」

 ―まるでコロナ禍の今だからこそ、大きなメッセージ性を感じる。どのような気持ちで、第九を指揮しているのか。

 「毎年同じ第九の譜面を見ていても、音符が変わるわけではないのに、世界的な出来事や、身の回りの変化によって、自分の中で変化するものがある。届いてくるものが違うというか…。個人的には昨年、ウィーン(オーストリア)の自宅近くでテロにあい、何人も撃ち殺されるというショックな出来事があった。また人が集まることも難しいこの時期に、演奏会ができるというのは大きな喜び。これまでとは全然違う気持ちで立っている」

本番を前に、リハーサルで演奏の確認をする佐渡さん

 ―音楽家の道に進もうと思ったきっかけは。

 「母親が家で歌とピアノを教えており、当時としては、珍しいプロの音楽家だった。その影響で小さいことからピアノを習ったり、演奏会に連れて行ってもらったりしていた。京都市少年合唱団に、小学5年から中学3年までの5年間在籍したことは、とても大きなことだった。市交響楽団と一緒に演奏会に出る機会もあり、合唱団の先生や交響楽団の監督に指揮をしてもらい、指揮者に憧れた。小学6年の卒業文集に、将来の夢として『ベルリン・フィルの指揮者になりたい』と書いており、音楽の道に進むというのは自分の中ではっきりしていた。」

 ―小さい頃、音楽以外での夢は。

 「覚えているのは、母親にコックさんになりたいと言ったこと。でも、僕はものすごくご飯を食べるので、『あんたがコックさんになったらお店の食べ物がなくなる』と言われて、あきらめた。『ベルリン・フィルの指揮者になりたい』と書く前のアイデアだったと思う」

演奏会の喜び、かみしめた佐渡さん

小学生のこども記者に同行した「おとな記者」の記事から
(2021年2月7日の京都新聞ジュニアタイムズ)

 佐渡裕さんは京都市の出身です。安井小、四条中を経て、堀川高音楽科(現・京都堀川音楽高)、市立芸術大学へと進みました。

 子どもの頃は、妙心寺や広隆寺の近くに住み、木嶋神社(蚕の社)でザリガニをとって遊ぶなど、寺社が身近にあったと言います。指揮者として海外で活動するようになってから京都に帰ると、住んでいたときとは違う感覚で、「寺社や山々が、特別に美しく感じるようになった」と話します。

 昨年は、新型コロナウイルスの影響で、演奏会の中止が相次ぎました。佐渡さんも「特に合唱を伴う演奏会は、できない状況だった」と振り返りました。

 昨年7月、兵庫県立芸術文化センターで、合唱のある演奏会を開きました。専門医の助言を受け、感染対策や空気の流れの実験をした上で、開催を決めました。「音楽家として、演奏会で多くの人に聴いてもらい、拍手をもらえることが、とても大きな幸せだと感じた」。かみしめるように語りました。

 こども記者が取材した第九の演奏会でも、吐く息を上方へ逃がすための携帯扇風機を合唱団のメンバーが首にかけたほか、合唱団の人数を減らしたり、客席前方を空席にしたりするなど、工夫をしていました。

 子どもたちへのメッセージをお願いすると、「あきらめるにも勇気はいる。コロナに関係なく、あきらめないといけない時もある。だから、何が何でも夢を追いかけろと、僕は思っていない」と佐渡さん。その上で、「ただ年末に第九を開くために、どうしたらいいのか、僕はみんなと考え抜いた。1%でも可能性があると思ったら、全力でチャレンジすべきかなと思う」と力を込めました。

 その原動力となっているのが、「オーケストラ、クラシック音楽の面白さを、たくさんの人に広めたい」という佐渡さんの夢です。家族が連れて行ってくれた演奏会に感動したり、授業やテレビで聴いていい曲だと思ったり…。音楽は、とても身近な存在です。「音楽はだれにとっても心を豊かにする。ぜひ自分の好きな音楽にふれていてほしい」と、笑顔で語りました。