「世界一危険な基地」とも言われる米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の全面返還に、日米両政府が合意し25年がたった。

 返還の期限は当初5~7年以内とされたが、期待に反して実現のめどは立っていない。基地負担の軽減を求める沖縄の民意を尊重し、両政府は事態の打開に向けた道筋を模索せねばならない。

 市の面積の約4分の1を占める飛行場周辺には住宅が密集し、住民は騒音や事故の危険にさらされ続けている。2004年には同飛行場を飛び立った米軍ヘリが沖縄国際大に墜落する事故が起きた。

 返還合意は、沖縄への米軍基地集中の負担軽減と危険性の除去が目的だったはずだ。一刻も早い実現が求められる。

 それにもかかわらず返還が進まないのは、日米両政府の合意が県内移設を条件としたからだ。紆余(うよ)曲折の末、日本政府は名護市の辺野古沖への移設を閣議決定し、13年に当時の仲井真弘多知事が埋め立てを承認した。

 だが、計画は予定通りに運ばす、移設予定地に軟弱地盤があることも発覚した。地盤改良や施設整備に必要な時間を考慮すると、普天間の返還は30年代以降にずれ込む見通しとなった。総工費も当初比約2・7倍の約9300億円に膨らんでいる。

 埋め立ての是非を問う19年の県民投票では反対が7割を占めた。しかし、政府は工事を続け、移設に反対する県と法廷闘争を繰り返している。

 政府は辺野古移設を「唯一の解決策」と繰り返すばかりで、その根拠を明確に説明していない。合理性を欠いており、県民の理解が得られないのも当然だ。

 県の有識者会議は、米海兵隊の訓練を県外の自衛隊基地や国外に分散移転したりローテーション配備したりすることで、普天間の返還を目指すべきだとした。米軍に部隊を分散させる構想もあることから、県内の兵力集中を見直す契機だとも指摘している。

 政府は辺野古にこだわらず、普天間の運用停止に向けたさまざまな可能性を探る必要がある。

 在日米軍の再編に関し、菅義偉首相と米海兵隊司令官が昨年11月に行った会談では、沖縄の基地負担の軽減も申し合わせた。

 菅氏は16日に訪米し、同盟国との協調を重視するバイデン大統領と初の首脳会談に臨む。沖縄の基地問題についても積極的に議題とし、普天間の危険除去について協議すべきだ。