井戸川絹子さん

井戸川絹子さん

 東京五輪が延期され、聖火リレーを走ることがかなわなかった人がいる。「東洋の魔女」と呼ばれ、1964年東京大会で金メダルを獲得したバレーボール日本代表のエース、井戸川(旧姓谷田)絹子さん。大阪府内の走者だったが、昨年12月、81歳で亡くなった。

 亡くなる少し前の9月に、話を聞く機会があった。「魔女」の1人で滋賀県高島市在住の中島(旧姓半田)百合子さん(81)の半生をたどる取材。連載で紹介しきれなかった井戸川さんの逸話は、聖火リレー時に記事にしようと考えていた。本人に読んでもらえないままとなり、悔いが残る。

 今回の五輪延期をどう感じたか、と尋ねた答えに実感がこもっていた。「この日に試合を、と頑張っているのに、1年先になったら気持ちが止まります。続けていくっていうのは、しんどいですよ」。62年世界選手権で優勝し引退予定だったが、64年の五輪に向けて慰留され、さらに2年の練習に耐えた。

 自国開催への期待も語っていた。現役時代、邦人が少ない国への遠征では大使館の関係者に食事会などで歓待され、後押しとなったという。「日本での開催はいいと思う。頑張れという声が聞こえたら、『よっしゃ』となりますから」

 引退後もママさんバレーの指導などを通じて普及に努めた井戸川さん。今、スポーツの現場で取材をしていても「魔女」の存在の大きさはさまざまな場面で感じる。未踏の頂に挑んだ功績にあらためて敬意を表したい。