「仕事唄に出会ったのは運命。後世に残したい」と話す阪田さん。原点に、祖母と遊んだ和紙の折りびながあるという(京都市中京区)

「仕事唄に出会ったのは運命。後世に残したい」と話す阪田さん。原点に、祖母と遊んだ和紙の折りびながあるという(京都市中京区)

全国の蔵元を巡り、職人の心意気に触れた。左下が阪田さん(1997年9月、広島県)

全国の蔵元を巡り、職人の心意気に触れた。左下が阪田さん(1997年9月、広島県)

 ♪おまえ紙なら/わしゃ紙すきじゃ/とけてすかれる/身じゃわいな(京都府綾部市・黒谷の紙すき唄(うた))

 かつて職人が口ずさみながら作業に励んだ「紙すき唄」や「酒造り唄」。阪田美枝(よしえ)さん=京都市中京区=は消えゆくこの二つの「仕事唄」を訪ねて全国各地を歩き、唄を分析する論文を書き上げた。今春、同志社大大学院政策科学研究科を82歳で修了。ステージ4のがんと闘病しながらだったが、「若い学生とともに最先端の研究者から学び、喜びに満ちた2年間だった」と充足感を語る。

 同志社女子大の図書館司書だった20代半ば。書庫で、越前和紙の産地の長唄「加美の里」がつづられた冊子を見つけた。長唄の心得があったため、聞いてみたいと現地を訪ねると、すでに歌える人はいなかった。「紙すき唄が消えてしまう」。焦燥感から全国を巡り始めた。約30年かけ、地元の人の歌声を録音したCDと自ら書き起こした譜面86曲を掲載した本を1992年に出版。その後、酒造り唄も収集し、99年に100曲を1冊の本にまとめた。

 80歳で大学院に入学したきっかけは2018年春、ジャズピアニスト山下洋輔さんとの出会いだった。「仕事唄は、日本の文化の原点。貴重な研究だ」と高く評価され、唄への情熱が再燃した。その直後、大腸がんが見つかり、余命3年と宣告された。「唄を後世に伝えることが使命」と捉え、猛勉強して合格した。

 しかし、治療しながらの通学は容易ではなかった。午前8時半からの講義の後、病院で治療を受け、午後6時半に再び大学に戻ったことも。体重は約20キロも落ちた。「命に限りがあり、寝る間も惜しかった」と振り返る。

 論文執筆には葛藤もあった。多くの紙すき職人や杜氏(とうじ)たちと出会い、過酷な労働や孤独、ものづくりへの情熱に心を動かされたが、「(論文では)私情を表現してはいけない」と指導された。

 研究では、インドの図書館学者が考案した分類法を用いて、各唄を節に区切り、歌詞に登場する単語の回数を分析した。紙すき唄の歌詞には、「労苦」「郷土」「恋愛」の要素が多いことが分かった。孤独な作業ゆえ、自らを慰めるために歌われていたと推測される。一方、酒造り唄には「誇り」「祈り」の要素が多く「労苦」は少ない。