東京都の公立福生(ふっさ)病院で、腎臓病を患う女性に、医師が人工透析治療をやめる選択肢を示していた。治療中止を選んだ女性はその後死亡した。

 女性は終末期の患者ではなく、透析を続けていれば延命できた可能性がある。医師の提案は、生命尊重を掲げる医療法の理念に逆行するものではないか。

 都が立ち入り調査し、日本透析医学会も調査に乗り出した。病院の対応を含め実態解明を急ぎ、経緯を検証すべきだ。法的に問題がないかも検討する必要がある。

 女性は昨年8月、医師から治療継続と透析治療をやめる選択肢を両方示された。治療をやめるリスクの説明も家族と受けたという。

 話し合いの結果、女性は透析をやめることに同意して意思確認書に署名した。その後、体調が悪化して亡くなった。

 終末期医療を除き、医師が治療を中止して患者が死に至れば罪に問われる恐れがある。国の指針では医療中止は妥当性や適切性を慎重に判断すると規定する。透析治療の中止については学会のガイドラインで生命維持が極めて困難な場合に限り検討するとしている。

 女性は治療中止の選択肢を示された段階では入院しておらず、これらに反することは明らかだ。

 理解に苦しむのは、命を助ける立場の医師が「死」を誘導する透析中止の選択を示したことだ。

 患者には治療を選ぶ自己決定権がある。だが知識や情報は医師に比べて圧倒的に少なく、主体的に判断できるのか疑問だ。医師が生死を患者に選ばせることは倫理上問題もある。社会的な議論が必要ではないか。

 患者の意思決定や生命に関わる判断を第三者の目でチェックする仕組みが院内にきちんと備わっていたのか調査する必要もある。

 腎臓病患者は数日間でも透析を受けないと痛みや息苦しさを感じるという。学会の医師が実施した全国アンケートでは、いったん中止した患者の約7%が再開していた。患者の意思は常に変わりうる。こうした点への配慮が十分だったかなど不明な点は多い。

 透析を受けている人は全国で約33万人に上る。さまざまな問題で透析の継続を拒む患者はいるかもしれないが、医師の仕事は最後まで治療に尽くすことが筋だ。

 公立福生病院では2013年以降、他に約20人の患者が透析治療を選択せず、死亡者が複数いるとの情報もある。病院側は説明責任を果たさなくてはならない。