ガリガリガリ。幼い頃、夜中に妙な音で目が覚めると、教師だった父がヤスリの板に鉄筆を走らせ学級通信を書く後ろ姿が見えた。コピー機が普及していない時代。身近な印刷機が謄写版だった▼謄写版、通称ガリ版発祥の地が東近江市にある。1894(明治27)年に同地出身の堀井新治郎父子が発明した。その本家の洋館がガリ版伝承館になっている▼謄写版は鉄筆で原紙に彫るように文字を書き、インクを付けたローラーをその上に転がす。一度に大量複写できる「革命」だった。日清戦争の軍事通信に採用され、大正デモクラシー期までに行政、政治、労働運動、文芸など民衆に広がった▼伝承館の展示は、活字とみまがう精巧な字体、社会運動の熱い訴えなど文字に込めた先人の思いが伝わる▼きょうは文字・活字文化の日。現代はインターネットやスマホなどデジタルメディアの普及で膨大な文字情報を消費する一方、日常から手書き文字は減り続ける▼約5千年前、古代シュメール人が発明したといわれる文字は、一瞬にして消えてしまう言葉をこの世につなぎとめることになった。以来、文字は粘土板や木簡、羊皮紙、和紙、洋紙に乗って人類の営みを後世に送り届けてきた。電気を必要とするデジタルの文字は、どこまで言葉を運べるだろうか。