「言葉の定義は、衣服について批評するためのインフラ整備」と話す蘆田さん(京都市左京区・京都精華大)

「言葉の定義は、衣服について批評するためのインフラ整備」と話す蘆田さん(京都市左京区・京都精華大)

蘆田裕史著「言葉と衣服」

蘆田裕史著「言葉と衣服」

 「ファッション」「スタイル」といった衣服を取り巻く“言葉”を、私たちは意味をあいまいにしたまま使っているのではないか。衣服を自己と密接に結びつく“文化”として意識できない要因は、“言葉”のあいまいさにあるのではないか。

 京都精華大准教授の蘆田(あしだ)裕史さん(ファッション論)は論考集「言葉と衣服」で、衣服に取り巻く言葉を定義付けすることから始めた。「人にとって欠かせない服について思考を深め、批評することに役立てたい」とその狙いを語る。

 衣服を語る言葉が貧しいと蘆田さんはいう。「そもそも『ファッション』という言葉でさえ、一言で説明できません。『ファッション』を、スカートやパンツなどの衣服そのもの、衣服を組み合わせた服装、流行といった服装による社会現象、の三つに分けて定義しました」

 衣服に対して思索を深めて批評する機会も少ないという。蘆田さんは、めまぐるしく変わる流行と、外見を気にすることへのためらいが影響していると考える。

 「家を買う判断材料の一つに、ついのすみかになるかがあります。でも服の場合は一生着続けようとあまり思わない。布は劣化しやすく、直しながら着るには限界がある上、流行は半年や1年単位で変わる。移り変わりの早さとともに、外見を気にすることを軽薄なものと思うため、議論につながらないのだと思います」

 論考集は、ファッション雑誌などでおなじみの「デザイン」「モダン」「ミニマル」「シンプル」「スタイル」などの言葉の定義を試みた。例えば「スタイル」なら、美術や建築では「様式」、文学では「文体」と訳されており、フランスの哲学者ロラン・バルトの著書などをひもときながら、「スタイル」とは「配置と構成によるコーディネートのこと」とした。

 蘆田さんは京都大薬学部を卒業後、京大人間・環境学研究科で衣服を研究したとき、服装にまつわる言葉のあいまいさに気付いたという。以降、国内外の服作りの動向を追い、セールをしないセレクトショップの共同運営に参加するなどして言葉の意味について考えてきた。

 「服はアイデンティティーや自分自身の存在につながり、身体と同等に重要なもの。この本がファッションのことを考えるきっかけになればうれしい」アダチプレス刊、1980円。