最後とみられる甘夏の収穫で、甘夏の木をバックに記念写真に収まる西村さん(左)や母親の長谷さん(中列右から2人目)ら(京都市左京区)

最後とみられる甘夏の収穫で、甘夏の木をバックに記念写真に収まる西村さん(左)や母親の長谷さん(中列右から2人目)ら(京都市左京区)

収穫した甘夏は200個ほどになった

収穫した甘夏は200個ほどになった

 京都市左京区の養正市営住宅に、大きな甘夏の木が2本ある。四半世紀ほど前、当時小学生だった男性が給食の甘夏の種を植えたところ、実を付けるほど立派に成長した。この春も甘夏は鈴なりに実ったが、同住宅は来年度に建て替えが決まっており、木も伐採されるという。男性の家族や学校関係者がこのほど集まり、甘夏の思い出をかみしめながら最後の収穫を楽しんだ。

 「わっ、大きい」「私も取りたい」。3月31日、子どもたちの声が響く中、西村勇(ゆう)さん(36)=中京区=らが、同住宅の庭先でたわわに実る甘夏を収穫した。約200個あり、さっそく甘酸っぱい果実をほおばった。

 西村さんは養正小5年だった1995年、給食で出た甘夏の種5粒を持ち帰り、プランターに植えた。発芽の仕組みを学習中で、担任の住田敬子さん(71)=左京区=から「家でも植えてごらん」と言われたのがきっかけ。しばらくして芽が出て、成長した2本を庭に植え替えた。

 「途中から私の方がうれしくなって木を見守っていたかも」。今も同住宅で暮らす西村さんの母、長谷(ながたに)芳美さん(62)はほほ笑む。特に手入れはしなかったが、日当たりが良く、2階に届くほど大きくなった。

 1本は8年後、もう1本は10年後に白い花を咲かせ、やがて実を付けた。長谷さんが同小に持参すると、給食の種から成長した話が朝礼で紹介され、正面玄関に飾られた。

 その後も実り続け、長谷さんは近所に届けたり、マーマレードにしたり。「捨てられるはずだった種が成長し、虫や鳥など多くの生き物を育んでいる。窓から見える色鮮やかな甘夏の景色はぜいたくで、落ち込んだ時も励ましてくれた」と振り返り、住田さんや息子に感謝する。

 西村さんは甘夏の影響もあり、農芸高(南丹市)に進んだ。卒業後に一時庭師をしていた経験を生かし、甘夏の枝の剪定(せんてい)をすることも。今では、4人兄弟の自身と同じく4児の父となり、収穫には子どもたちと参加してきた。「甘夏の自然の力も、それを見守り続け、4人の子どもを育て上げた母もすごい」。地面に張り巡らされた根を、母やわが子とのつながりに重ね合わせて思いを語る。

 しかし、同住宅は老朽化で来年度から建て替えられ、木も切られる見込みという。「残念だけど仕方ない」。今秋に退去予定の長谷さんは挿し木した鉢植えを仮住まい先に持っていくといい、西村さんの長女(11)は「パパのミカン」の種から発芽した幼木を昨年から自宅で育てている。

 最後の収穫には、担任だった住田さんも駆けつけた。「木が無くなるのはもったいない」と話し、甘夏のエピソードをもとに絵本を作ることにした。

 「絵本を読んだ子どもたちが、自然の営みや人の縁を実感し、自分でも種をまいてくれたらうれしい」と西村さん。小さな種から育まれた甘夏の木は、形や場所を変えて受け継がれていく。