練習を重ね、息の合った城陽体操を披露する生徒たち(9日、城陽市寺田・城陽高)

練習を重ね、息の合った城陽体操を披露する生徒たち(9日、城陽市寺田・城陽高)

 京都府城陽市の城陽高に伝わる「城陽体操」の発祥や動きの意味について、同高の篁嘉朗(たかむらよしあき)副校長が体操の考案者に聞き取り、明らかにした。長年、同高が開校した1972年に始まったとされてきたが、元同高体育教諭の金見裕子さん(67)=同市寺田=を中心に考案され、開校4年目の75年に体育祭で演じたのが最初と判明した。

 ゆったりとした音楽に合わせて腕を左右に大きく伸ばしたり、首を上下左右に動かしたり…。9日の同高体育祭では1~3年生の895人が城陽体操を披露した。一つ一つの動きは簡単だが、全員の息を合わせるため、練習を重ねてきた。現地で見た金見さんは「少し動きが変わっている部分はあるけど、時代が変わっているので良いと思う。感無量です」と喜んだ。
 城陽体操は「自校の体操をつくりたい」との教員の提案を受け、考案された。心臓に負担をかけない▽生徒の興味を引く▽そろいやすく、見栄えが良い-の3点を重視した動きになっているという。
 過去には体育の準備運動でも使われたというが、最近は年に1度、体育祭で全校生徒が一斉に演じるのが恒例となっている。7月上旬から練習を始め、放課後も利用して息ぴったりに仕上げる。3年の遠藤慎さん(18)=井手町井手=は「肘をまっすぐ伸ばす動きを覚えるのに苦労しました」と振り返る。
 在校生と卒業生が連綿と受け継いできた伝統の体操。3年の種田雄介さん(17)=精華町精華台=は「30年後の後輩とかと、またやれたら楽しいですね」と思いをはせる。