新型コロナウイルス感染症で大切な家族を亡くしたらどうするか。感染拡大防止を理由に通夜や葬儀を通常通りに営むことができない状況が続く中、臨床仏教研究所特任研究員で浄土宗願生寺(大阪市)の大河内大博住職は「宗教者や葬儀会社は遺族の意向を尊重し、葬儀を営むための方策を可能な限り模索するべきだ」と訴える。コロナ時代の弔いはどうあるべきか、大河内住職に聞いた。(聞き手・岸本鉄平)


―新型コロナに伴う死別の特徴は。

 多くの場合、コロナに感染したことが判明した時点で隔離措置がとられ、入院後は家族も面会できなくなってしまう。臨終の場面に立ち会うこともできない。このような突然の死別に直面すると、誰しもが混乱し、病気をうつした「人」や「社会」に対する怒りが強まる懸念がある。

 遺体との対面ができないうちに火葬されてしまえば、遺骨が戻ってきても「これは本当にあの人なのか」と現実感がないままに過ごさなくてはならなくなる。「あいまいな喪失」と呼ばれるもので、後悔が残りやすくなる。

―弔いにはどのような意味があるのか。

 私事ではあるが、3年前に父、昨年に母を亡くした。コロナの遺族が置かれる状況とは異なり、私の場合は父母の死後、布団に寝かせて一緒に過ごす時間があった。納棺、祭壇への安置、通夜、葬儀、火葬といったプロセスを踏むこともできた。願わくば、父や母を生前の姿のまま残し、ずっと触れていたい。弔いの時間を経ることにより、そこから少しずつ引きはがされていく。これは、この世に残された人が前を向いて生きていくため、欠かせないプロセスと言える。

―通夜や葬儀の現状は。

 地元の大阪では、新型コロナで家族を亡くした遺族は斎場に入れず、お骨を拾うことすら……