仏教が積み重ねてきた思索には、ロボットなどの「心」の在り方を考えるヒントが詰まっている=「因明」に関する江戸時代の注釈書(右下)と、ロボットASIMOのコラージュ

仏教が積み重ねてきた思索には、ロボットなどの「心」の在り方を考えるヒントが詰まっている=「因明」に関する江戸時代の注釈書(右下)と、ロボットASIMOのコラージュ

現代で仏教思想を研究する意義を語る師教授(京都市中京区・花園大)

現代で仏教思想を研究する意義を語る師教授(京都市中京区・花園大)

 休日に寺へお参りしたり法事でお坊さんから話を聞いたり、現代の私たちの生活のすぐそばに仏教はある。一方で仏教には、2千年以上にわたって僧侶たちが思索を続けてきた「学問」としての側面もある。人工知能(AI)やロボットなどが登場して、一昔前のSF作品に描かれたような世界が出現しつつある今、仏教学はどんな力を持ち得るのか。花園大で仏教思想を研究する師茂樹教授に疑問をぶつけてみた。

 -宗教意識の薄れも指摘される現代に仏教を研究する意味はなんでしょう。

 「私は『唯識』という4~5世紀にインドで生まれた大乗仏教の思想を研究しています。唯識思想は日本にも伝わり、人間や動物だけでなく草木などあらゆるものが成仏するという『草木成仏思想』にもつながってきました。現代からすれば異質な考えに見えるかも知れませんが、そうした古典との対話を通じて現代人に新たな視点を提供できると思っています」

 -たとえばどのような視野が広がるのでしょうか。

 「現在はAIやロボット、サイボーグが現実になってきました。彼らには心があるのか、と不思議になることはありませんか。犬型ロボット『aibo(アイボ)』に愛着を持つ人もいるでしょう。少し前に新作が公開された人気のSFアニメ『攻殻機動隊』シリーズでも、全身がサイボーグ化された人の心がテーマの一つになっています。唯識思想でAIやロボットなどを捉えた場合、『心のある生き物としてあり得る』というのが答えの一つになります」

 -なぜでしょう。

 「唯識思想では『心』は、何かに反応するものすべてに宿るとされます。つまりAIやロボットのようなものは『心』があると言える余地があるわけです。ちなみに仏教の立場では本来、草木には『心』が宿りません。外部への反応がないとみなされるからです。草木の扱いについては、仏教成立時からインドで異論はありましたけどね。ともあれ、そうした生命観が伝わった日本で唯識思想が拡張され、『心』のない草木すら成仏するという『草木成仏思想』が生まれたのです」

 -分かるような気はしますが、やはり現代からすると異質ですね。

 「実は仏教の哲学的な思索の伝統は、江戸時代から明治にかけてもずっと続いていました。たとえば『因明(いんみょう)』という仏教論理学の研究がそうです。西洋の古典論理とは少し違う形式を持っていました。『排中律』という西洋論理学の基本的な法則を認めないなど独自の論理でした。相手に新たな知恵を生み出すような『対話』を重んじる側面もありました。1881年に明治政府が国会開設の詔を出した頃、雲英晃耀(きらこうよう)という僧侶は因明が役立つ時が来たと張り切って言論活動を展開しました」

 -でもあまり広がった気配はありません。

 「はい。弟子には東京帝国大印度哲学科の初代教授になった村上専精(せんしょう)もいたのですが、後続世代では欧州経由で入ってきたインドのサンスクリット語文献の読解が主流になり、日本伝統の漢文での経典理解は廃れたのです。明治政府の廃仏毀釈(きしゃく)の影響もあったと思います。結果として、日本で千年以上も知的階層が培ってきた哲学的議論の伝統が断絶してしまいました。そうした意味で、現代と断絶してしまった古典の世界をよみがえらせたいと願っています。現代哲学や心理学とも意義深い交流が生まれるはずです」

 -仏教を現代に再生するには、アップデートも必要ではないでしょうか。

 「もちろんそうです。たとえばあらゆるものが成仏するという草木成仏思想は、現状肯定に容易に傾くことがありました。日本に存在していた身分差別を裏で支えた面があります。その事実は反省して改めつつ、先人が積み重ねてきた世界観を現代社会に生かしたいと考えています。現代のさまざまな価値観より仏教が『優れている』と言いたいわけではありません。ただ現代のさまざまな価値観との『対話相手』になれると思っています」

 もろ・しげき 1972年生まれ。早稲田大第一文学部卒業後、東洋大文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文化交渉学)。2015年から現職。仏教思想に加え、文化遺産のCG復元の研究や電子媒体などの研究も行っている。著書に「論理と歴史 東アジア仏教論理学の形成と展開」(ナカニシヤ出版)など。