「京の街は映画館新設ラッシュ」「また六館が名乗り」―。1956年3月1日付の市民版は、京都市内に映画館が続々と建つ様子を興奮気味に報じた。

 「娯楽の王者」との表現通り、50年代に映画産業は黄金期を迎え、市内の映画館は45年の35館から10年余りで58館へと急増。休日が続く5月初めは特に観客が多く、51年に映画会社の役員が「ゴールデンウイーク」と命名したという(日本国語大辞典)。

 当時は、経済白書で「もはや戦後ではない」とうたわれ、人々の暮らしにゆとりが生まれ始めた頃。記事は「シネスコ(横長のスクリーン)の出現や優秀な外国映画の輸入、日本映画の質的向上、また二本立サービスで映画館への客足が絶えず…」と記す。

 ピークの60年頃には70館を超え、特に新京極かいわいに30館近くが林立。映画館文化に詳しい立命館大映像学部教授の竹田章作さん(65)=左京区=は「明治期から……