薬害エイズ裁判の和解から25年を記念した集会が3月末、東京都内で開かれた。新型コロナ感染拡大の影響で被害者や遺族のほとんどは出席できず、式典の様子はライブ配信された。

 冒頭に映し出されたのは、厚生労働省玄関前の「誓いの碑」。かつて、遺族が「薬害根絶」の文字を入れるよう厚生省(当時)に求めたものの、かなわなかったモニュメントだ。薬害エイズ事件の遺族、江口洋子さん(86)は当時、碑に名前を付けること自体に否定的だった役人と対峙(たいじ)した原告の1人。映像にかつての苦難を思い起こした。

 江口さんは1991年に夫の継男さん=当時(46)=を亡くした半年後、係争中だった大阪HIV訴訟に参加した。「薬害事件の真相を明らかにしたい」。そんな思いとは裏腹に、裁判は原告を実名ではなく、番号で呼ぶ「匿名訴訟」の形で審理された。患者や家族への差別が苛烈(かれつ)な時代。江口さんも提訴の順番通り「34番」と呼ばれた。

 江口さん自身も、夫が薬害エイズ事件の被害者であることを隠していた。夫の実母や弟に真実を伝えたのも、提訴から3年が過ぎてからだった…