女性への差別に反対し、地位向上を求める動きが広がっている。

 性暴力を告発する「#MeToo」「フラワーデモ」が関心を呼んだ。今年は、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言への批判が相次いだ。

 その直後、中満泉国連事務次長ら各界のリーダー42人が差別のない社会を目指す行動宣言を発表した。中満さんは、日本社会の男女格差の状況を「正常ではない」と指摘、是正に向け「一人一人が声を上げて行動することが重要」と共同通信の取材に語っている。

 現実の政治や企業経営では指導的立場への女性の進出が少なく、先進国で最低レベルに位置する。

 世界で唯一、結婚後に夫婦同姓を民法で法的に義務づけられ、9割を超える女性が夫の姓に改めている現状は、「正常でない」状況の象徴的な事例といえよう。

 日本国憲法は男女の同権・平等をうたっている。その理念はいまだ社会の中で実を結んでいないようだ。女性たちの行動は、そうした現状への抗議にも見える。

 地位向上の思い込め

 憲法と男女平等を考える際、思い起こしたい人がいる。終戦直後に憲法起草に携わり、女性の権利に関する条文の原案を書いたベアテ・シロタ・ゴードンさん(1923~2012年)だ。

 戦前、ピアニストの父親ら家族と5歳で来日し、約10年を過ごした。財産権も選挙権もなく「『女子供』とまとめて呼ばれ、子どもと成人男子の中間の存在でしかなかった」という女性の地位の低さを見聞きし、心に刻んだという。

 米国の大学を卒業後、連合国軍総司令部(GHQ)職員として終戦直後に再来日し、憲法の人権に関する部分の起草を担当した。

 「家庭での男女平等が人間にとって最も大切」と考え、その思いを込めてしたためた原案は、両性の合意のみに基づく結婚の自由や夫婦同権を保障する憲法の基本的考え方を方向付けたといえる。

 ただ、母性保護や非嫡出子の権利など多岐にわたったベアテさん執筆の条文案は、GHQ内の議論を経て大幅に削除された。

 「細部は民法に入れればよい」とする上官に、「憲法に基本を入れないと民法にも入らない」と食い下がったがだめだった-と自伝に記している。その民法に女性の権利がしっかりと書き込まれないうちに、GHQは日本を離れた。

 ベアテさんが抱いた懸念は、予想通りの流れとなった。

 2015年12月、家族の在り方に関する民法の規定を巡り、二つの最高裁判決があった。

 夫婦別姓を認めない規定について、合憲の判断が下された。

 その理由は「形式的不平等はなく、家族が同じ姓を名乗るのは社会に定着している」とされた。

 女性だけに6カ月間の再婚禁止期間を定めた規定は、違憲と判断された。「結婚の自由への過剰な制約」との言及はあったが、子の父の推定に必要だとして100日の禁止期間が維持された。

 家族を巡る法制度の根幹は、憲法制定から約70年後の最高裁判断でもあまり変わらなかった。

 古い制度維持のまま

 海外の制度とのギャップも生じている。先月21日、米国で別姓のまま結婚した夫婦が日本でも婚姻関係にあることの確認を求めた訴訟の判決があった。東京地裁は婚姻を有効だとしたが、戸籍への記載に関する請求は退けた。

 海外での合法的な結婚と、同姓婚を前提とする民法や戸籍法などの規定との間に食い違いが生じることが浮かび上がった。

 別姓や再婚禁止期間など民法の規定を巡っては、国連の女性差別撤廃委員会が日本に対し、改善を繰り返し勧告してきた。

 それでも、社会的な議論は進まず、日本は古い制度を維持し続ける世界でも特殊な状況にある。

 「正常でない」男女格差が長年続いている遠因ともいえよう。

 だが、変化の兆しも見られる。

 別姓を巡る別の訴訟で、最高裁は審理を大法廷に委ねた。改めて憲法判断が示される可能性がある。再婚禁止期間については、法制審議会が禁止期間そのものの撤廃を含めた制度改正を議論中だ。

 こうした新たな動きに合わせ、立法府にも行動を求めたいが、政治の動きはあまりに鈍い。

 現状見つめ直さねば

 昨年末、第5次男女共同参画基本計画の原案から「選択的夫婦別姓」の文言が削除された。自民党内の根強い反対論が背景にある。

 国と地方の議員選で男女の候補者数を均等にする努力義務を課した法律もできたが、与野党とも多くを占める現職の男性を優遇する姿勢に変化はみられない。

 自民党を中心に進んだ近年の改憲論は、条文を変えること自体を目的としていたかのようだ。憲法に込められた理念が社会の中でどう生かされているか吟味し、議論する態度はうかがえなかった。

 改憲を論じるのであれば、男女平等など憲法の精神が十分に実現されていない現状を見つめ直さなくてはならない。

 当事者が声を上げ、行動を積み重ねていくことが有効だろう。女性たちの訴えに続きたい。