「日ごろ、自然に恵まれない都会っ子に、思う存分、土と緑と花に親しんでもらおうという試み」。高度経済成長も終わりに近づいた1972年5月1日。市民版は右京区北嵯峨の広沢池西側のレンゲ畑で催された「レンゲを摘む会」を初めて紹介した。

 会は右京区役所がその2年前に始めた。経済発展の代償として、水質汚染や自然破壊が問題となり、71年には環境庁(現環境省)が設立されていた。記事は「公害のない緑豊かな町づくり市民ぐるみ運動の一環として計画」と目的を伝える。

 田園風景が広がる北嵯峨地域は67年2月、市の歴史的風土特別保存地区に指定された。市は景観保全のために地域の田んぼを買い取り、委託農家が秋にレンゲの種をまいた。摘み取る会は、開花する4月末から5月上旬に催され、その後に農家が田植えを行うというサイクルだった。

 レンゲの栽培普及に取り組む「日本レンゲの会」(事務局・宮城県)事務局長の佐藤芳博さん(73)によると、田んぼでのレンゲ栽培は、少なくとも江戸時代から……