滋賀県信楽町(現・甲賀市信楽町)でJRとSKRの列車同士が正面衝突し、死者42人、負傷者614人を出した信楽列車事故は5月14日で発生から30年を迎える。捜査や調査、人命救護に携わった4人に当時を振り返ってもらい、教訓や再発防止への思いを聞く。連載2回目は、事故鑑定で原因究明に取り組んだ元運輸技官の松本陽さん(72)に語ってもらった。



 信楽列車事故の現場には事故5日後に入り、非常に凄惨な状態でショックを受けました。事故の直接原因は信楽高原鉄道(SKR)の列車が赤信号で出発したことと、単線なので機器が故障したのならば対向列車の存在を確認してから列車を出すという規則を無視したことです。

 しかし、正面衝突しないようにできているはずのシステムが働かなかった。信楽駅で信号が赤のまま固定され、同駅から赤で出発したのに誤出発検知機能が働かず、小野谷信号場の信号が青となりJR列車が進行した。原因究明にはこの不可解な二つの現象の解明が必須でした。

<松本さんは現地入りした後、滋賀県警から事故の鑑定を依頼された。翌1992年10月まで模擬・実車両走行試験を計6回繰り返し、原因の究明を目指した>

 最初の1カ月はパズルを解く感じです。走行中に信号回路や列車検知のリレー回路がどう動いていたか知りたいので、列車が線路を走っていく状態を再現しました。沿線に大勢の警察官を配置し左右のレールを人が電線でつないで電気を通して「走って行く」状態を作った。これが模擬走行試験です。

 県警の無線中継車を通じて「次つなげ」「次離せ」と指示を出し、回路がカチャカチャ動くのを全て確認する。試験では最大100人を投入し毎回3~5日間をかけた。手間暇を要する大変な作業でした。そして模擬試験を2回行った7月までに図面にない装置があることが……