死者42人、600人以上が負傷した信楽高原鉄道事故から、おとといで30年となった。

 事故現場では今年も追悼法要が営まれた。あらためて犠牲者を悼み、教訓を事故防止につなげていかねばならない。

 この30年で、鉄道など公共交通の事故調査の仕組みは大きく変わり、被害者・遺族支援の在り方にも改善の動きがあった。

 それらの契機となったのが、信楽事故の遺族らによる活動だったことは記憶にとどめたい。

 事故調査について、責任追及ではなく鉄道会社とも協力して実効性ある再発防止策を実現させることを目指した。

 民間団体「鉄道安全推進会議(TASK)」を結成、鉄道事故調査の常設機関設置を国に求めた。その願いは2001年、国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会(08年に運輸安全委員会に改組)設立につながった。

 過失の「犯人捜し」よりも、教訓を社会全体で共有すべきとの認識を広めた。交通機関の安全システムを考える上で、新たな視点を示したといえる。

 被害者や遺族らの支援では、明石歩道橋事故やJR尼崎脱線事故など他の事故も含めた遺族のネットワークづくりを進め、互いに支え合った。

 国土交通省に12年、公共交通事故の被害者らを支援する部署が設けられたのは、日航ジャンボ機墜落事故の遺族とともに提言し、働きかけ続けた成果だ。

 遺族が中心となって社会的運動を起こし、制度創設にまでつなげた例はそれまでなかっただけに、画期的といえる。

 被害者や遺族への支援は鉄道事業者にも求められている。だが、資金や人的余裕がない中小の鉄道会社には負担が重く、全国約200の鉄道事業者で支援計画の作成が済んでいるのは約80にとどまるという。

 提言した遺族の願いに応えるには、事業者同士が協力して支援に当たれる仕組みをつくるなどの工夫が必要になろう。

 30年の時間の中で信楽事故の遺族は高齢化が進み、TASKも2年前に解散した。

 今後は、事故の記憶や経験をいかに風化させず、後世に語り継いでいくかが課題となる。

 05年に起きたJR尼崎脱線事故は、JR西日本が信楽事故の教訓を生かせなかったことを浮き彫りにした。

 運輸安全委は運転士のブレーキ操作の遅れを直接原因としながらも、遅延などのミスを犯した乗務員への懲罰的な「日勤教育」が背景にあったとした。

 安全に関する社内の意識改革が簡単ではないことを物語る。

 JR西はその後、社内風土の改善や安全対策を積み上げてきた。運転士らの人為ミスの責任を問わない制度を導入したほか、安全関連の設備に対しても、ここ数年は年間1千億円近い費用をかけてきたという。

 新型コロナウイルス感染の拡大で、鉄道事業者の多くは業績が悪化している。そんな状況でも、安全への投資や社員教育をおろそかにしてはなるまい。

 信楽事故の遺族は悲しみを超えて安全向上への具体策を世に問いかけた。その思いは今後も受け継いでいかねばならない。