4月のタイトルマッチで久田(手前)を攻める寺地拳四朗=エディオンアリーナ大阪

4月のタイトルマッチで久田(手前)を攻める寺地拳四朗=エディオンアリーナ大阪

「できれば防衛戦を年に3回でも4回でもやりたい」と話す寺地拳四朗(京都市中京区・京都新聞社)

「できれば防衛戦を年に3回でも4回でもやりたい」と話す寺地拳四朗(京都市中京区・京都新聞社)

 世界ボクシング評議会(WBC)ライトフライ級王者の寺地拳四朗(BMB、京都府城陽市出身)がこのほど、京都市中京区の京都新聞社を訪れてインタビューに答えた。4月に1年4カ月ぶりとなるタイトルマッチに臨み、日本の現役世界王者では最多となる8度目の防衛に成功。「人生終わった」と引退を覚悟した不祥事から「応援してくれた人に何を返せるか」と再起を誓うまでの心境を語った。

 ―挑戦者の久田哲也選手を判定で下した後、リング上のあいさつで泣いた。どんな感情だったのか。

 「自分でも驚いた。勝った瞬間は涙が出るとは思わなかったが、時間差で来た。試合後にも言ったが、自分自身に対して『なんだかんだ不安やったんやな』と思った」

 ―試合に勝つことだけに集中すると宣言していたが、心の底に不安があった。改めて不祥事を起こしてしまったことについて。

 「最初は『あ、人生終わった』という感じでした。自分はボクシング以外に何もできない。人生=ボクシングでやってきたので。あんなことがあったのに、応援してくれる人がいた。ありがたさが身に染みました。地元の声援を裏切れないと思いました」

 ―日本ボクシングコミッション(JBC)から3カ月のボクサーライセンス停止処分を受け、社会貢献活動を義務付けられた。どう受け止めたか。

 「今まで応援してくれた人に何を返せるかと考えたとき、ボクシングしかなかった。だからボクシングを頑張ろうと思ったんです。ボランティアを始める前から、そう考えるようになった」

 「以前はボクシングを仕事としか思っていなかった。今は楽しいと感じる。あの出来事があっても、支えてくれた人、変わらず応援してくれた人がたくさんいる。これからは僕が勝つことで恩返しというか、そういうことをひたすらやっていくしかない。みんなが喜んでくれる限り勝ち続けます」

 ―8度目の防衛戦は2回にダウンを奪うなど危なげなかった。

 「序盤は動きが硬いと言われたけど、ダウンを取ってからはいつも通りマイペースで戦えた。少し倒そうと意識した感はあって、力んだかもしれない。KOを意識しちゃうと相手は倒れないもの」

 ―久しぶりの試合となったが、自身のボクシングについて手応えは。

 「進化している。僕はアウトボクサーのイメージがあるかもしれませんが、意外と自分から相手に圧力をかけている。距離を詰められても(必要以上に)下がらないし、パンチを打たれても当たらないから相手は疲れる。僕がいつでも打てる距離にいるので、相手は怖くて下がってしまうのだと思います」

 「初めて対戦する人だと、僕のペースには絶対に付いてこられないはず。長くても1~3ラウンドを頑張って、後は体力が落ちていくだけだと思う。距離があってパンチが届きにくいし、空振りすると余計に疲れるので」

 ―今年1月で29歳になったが、体や戦い方に変化は。

 「スピードには頼らなくなった。頼りすぎると穴になる。それよりも、体が浮かないとか、いかに足を止めないとか、相手との距離感が大事ですね。スピードがなくても勝てます」

 「動体視力もあまり気にしたことはなくて、相手との距離感さえ守っていればパンチはよけられる。そもそも、そんなに近い距離でよけなければいけない場面があまりない」

 ―不祥事を機に引退するまで断酒を決めた。

 「飲まなくても大丈夫です。食生活も変わりました。なるべく添加物を取らないとか、オーガニックな食材を買うようにしている。減量もあるし、普段から摂生に努めたい。健康に生きようと思います」

 ―世界王座の連続防衛記録は日本歴代6位タイとなり、具志堅用高さんが持つ最多13度を目指す気持ちは変わらないか。

 「試合のダメージは少ないので、できれば年に3回でも4回でもどんどんやりたい。(コロナ禍で)今の時期は難しいと思いますが、防衛は重ねていきたい」