ふんわりとした卵の優しい香りに、深みのある出汁(だし)の風味。

 京都には、だし巻き専門店があり、だし巻きは各家庭の食卓を彩っている。

 私は香川県出身で、大学進学とともに京都に来て、初めてだし巻きを食べたのは、アルバイト先の旅館でのまかないだった。

 卵焼きの中に出汁が入っていて、私はその上品な風味に、いたく感動したのを覚えている。

 「京都らしいパン」で思い浮かべる二つ目のキーワードは、「だし巻き」だ。


 今までの連載で、だし巻きが入ったパンを2回、紹介させていただいた。

 半年で2回と頻度が少ないのは、取り扱っているお店がそこまで多くないことが考えられる。

 面白いことに、「だし巻き」ではなく、「卵サンド」を販売・提供しているパン屋、カフェは数多く存在する。なぜ、だし巻きのパンをつくる店が少ないのだろうか。

 少しだけ考えてみた。

 一つ目、日々のパン製造に加えて、だし巻きをつくる手間がかかるから。

 二つ目、だし巻きとパンを一緒に食べる習慣がないから。

 三つ目、だし巻きを焼き上げてから時間が経つと、風味が劣化するから。

 理由は一つではなく、いろいろとありそうである。


  そんな数少ないだし巻きを使ったパンがこちら。

 【1月28日】だし巻たまご<西山こっぺ堂>

 

 卵と出汁の量は、やや出汁の方が多いという西山こっぺ堂の「だし巻たまご」。

 「柔らかくて結構、巻きづらいんです。でも、(卵と出汁などを混ぜたものが)硬かったら、だし巻きが冷めた時に、パンの食感よりもだし巻きの方が硬くなって具合が悪いんですよ」と店主の波多野勉さんは語る。

 逆に、出汁が多すぎると、パンに出汁がしみ込んで柔らかくなり、型崩れしてしまう。

 過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如しということだ。

 出汁の量は少な過ぎても、多過ぎてもよくない。

 ちょうど良い配合に辿(たど)り着くのに、半年ほど試行錯誤を繰り返したという。

巻きすに乗せられただし巻き卵(長岡京市・西山こっぺ堂)

 平日は、卵50個分。土日は、卵60個分のだし巻きを一人で巻いている波多野さん。

 「卵サンドはありふれているし、だし巻きって面白いかなと冗談で言ったら、他のスタッフも面白いのではということになり、つくることになったんですよ」と、額に汗して笑顔で話してくれた。


 【4月19日】京・だし巻き食堂<ゲベッケン深草本店>

 

 だし巻きの卵の香りがしてきそうな物語のある「京・だし巻き食堂」。

 初代の小澤孝行さんが、若かりし頃に出会っただし巻きサンドの味を再現した一品だ。

 孝行さんがパン配達をしていた頃、祇園の辺りにあった配達先の卵屋のだし巻きサンドが飛ぶように売れていた。孝行さんが、卵屋につくり方の秘訣をたずねているさなかに、主人が亡くなってしまい、ついに知ることができなくなった。

 時を経て、孝行さんが(今の会社を引退してから)、その味をもう一度再現したいと思い、若かりし頃の記憶をもとにつくりあげた。 

 「だし巻き屋や卵屋とは無縁なのに、早朝からだし巻き専用のフライパンを5枚並べて、だし巻きを巻いています」と2代目の小澤吉孝さんは笑みを浮かべる。

 そのだし巻きをつくる時には、なるべく焼き色がつかないように神経を使っているという。

 焼き色がつくということは、火が入り過ぎているということ。

 最終的には、パン生地で包み込み、焼成するので、だし巻き本体に過度な火が入りすぎることがない。

 箱入り娘、箱入り息子ならぬ、パン入りだし巻きとはこのことだろうか。

 パン生地に包まれただし巻きが、何となく幸せそうに見えた。

 だし巻きの中には、相性のよい紅生姜が一緒に巻かれていて、爽やかな風味も楽しめる。


 だし巻きを使ったパンには、だし巻きをパンに挟むタイプと、包み込むタイプがあるようだ。

 京都の食卓の上にあるだし巻きと、パンのコラボレーション。

 「だし巻き」は「抹茶」と同様、京都らしさを感じるキーワードだろう。

 ☆「一日一パン」は、京都市を中心に、京都や滋賀のパン店をめぐり、毎日ひとつのパンを取り上げ、写真と記事で魅力を紹介する、「ライトプラン」以上の有料会員向け記事です。5月23日〜29日に公開される記事は、特別企画として無料でお読みいただけます。