「ニューバード」

 時代を感じさせるハイカラな名前が、私はたまらなく好きだ。

 ある店では、カレー粉をまぶした魚肉ソーセージや、ウインナーソーセージを生地で包み込む。

 またある店では、皮なしのウインナーや、厚切りのハムを、カレー味の生地で包み込む。

 つくり方はパン屋によって、千差万別。

 共通しているのは、生地にパン粉をつけてフライするということ。


 「一日一パン」の企画では、京都のご当地パンとして知られる「ニューバード」について今までに1回だけ紹介させていただいた。


 【5月10日】ニューバード<ベーカリーオガワ>

 

 ベーカリーオガワを取材した時に、その名前の由来を聞いてみると、

 「もともとうちの店は、『西湖堂』の『バード』チェーン店だったんです。その時に新しくつくったので、『ニューバード』と言います。語呂合わせみたいなもんですね」と店主の小川毅さんが答えてくれた。


 調べてみると、西湖堂とは「西湖堂製パン」のことで、「バード」という店を展開していたようだ。

 「私の知っているところでは、京都でチェーン店が20軒くらいはありましたよ。西湖堂のチェーン店と、進々堂のチェーン店。昔は、チェーン店が非常に多かったです。山科でも3軒くらいあったでしょうね」
と小川さんは話す。

 ちなみに、「ベーカリーオガワ」は、西湖堂がなくなってから店名を変更したという。


 ニューバードを探して、「バード」という名の店を調べてみたところ、閉店した店もあって、なかなか見つけることができなかった。

 あきらめようとした時に、伏見区で店名に「バード」が残るパン屋を見つけることができた。

 その名は、「バード観月堂」。

レトロな佇まいのバード観月堂(京都市伏見区・バード観月堂前)

 「焼きたてのパン」の文字が、黄色と赤色の縦縞模様のテントに書かれている。店内には、「バード西湖堂」の文字も見受けられた。

 

 店主の黒川孝男さんは、「私とこはね、昭和49年(1974)に『バード』のフランチャイズとして、焼きたてパンを始めました。始める前に、西湖堂にパンのつくり方を習いに行ってました。西湖堂は、その当時、京都、滋賀、北陸、大阪の方にもあったんちゃうかな」と話してくれた。

 「西湖堂」は20年以上前に廃業したそうだ。

 廃業してから、粉からパンをつくる技術を教えてもらっている店舗は存続できたが、冷凍生地を取り扱ってパンを焼いていた店舗のほとんどは閉店を余儀なくされたという。

 「バード観月堂」は幸いにも、西湖堂からパンをつくる技術を教えてもらっていたので、商売を続けることができた。

 前述した「ベーカリーオガワ」のように、西湖堂が廃業してから、店名を変更するパン屋も中にはあったのだろうか。

 答えは、ニューバードだけが知っているかもしれない。

バード観月堂のニューバード(6月2日掲載予定)

 さらにニューバードを探して、以前、「自家製ミンチカツ」の取材でお世話になったヤマダベーカリー(左京区)を訪ねてみた。

 「幼稚園くらいのころ、普段はお弁当を持って行って食べていたんですが、ときどきニューバードを持って行って食べるのが好きでした」と当時を振り返り、笑顔で語る3代目夫人の山田知子さん。

 創業が昭和22年(1947)のヤマダベーカリーでは、昔、ニューバードをつくっていたが、途中でつくらなくなった時期があったそう。その期間に知子さんが嫁いできて、「幼いころに食べたニューバードをつくってほしい」という話になり、再度つくり始めたという。

 幼いころの思い出が、不死鳥のようにニューバードを蘇(よみがえ)らせた。

早朝からパチパチという音を立てて揚げられるニューバード(京都市左京区・ヤマダベーカリー)

 ニューバードは、午前6時半ごろに揚げ上がる。

 パチパチという音に誘われるように、常連客が買いに来ることもあるという。

 早起きして、揚げたてのニューバードにかぶりつく。

 想像するだけでも、揚げたての香りが漂ってきそうだ。

 ところが、現在は揚げ上がった後に、送風で冷ましてから梱包して店頭に並べている。

 「コロナの影響で、揚げたてのニューバードを出せなくなったんです」と残念そうに肩を落とす知子さん。

 その傍らでは、まだ熱の冷め切らないニューバードが送風によって冷まされていた。

新型コロナウイルス感染症が一日でも早く収まって、揚げたてのニューバードが店頭に並ぶ日を、私は心より願っている。

ヤマダベーカリーのニューバード(6月11日掲載予定)

 最後に、昭和22年(1947)創業のまるき製パン所(下京区)を訪ねてみた。

 「当時のパン組合に加入している店が、『共通の商品をつくろう』ということで、できたということを聞いています。京都のパン組合ができてからなんで、かなり古いです。戦後、 ちょっと経ってからやと思います」と2代目店主の木元廣司さん。

 ニューバードは当時、「組合に加入している店に行ったら買えるパン」ということでつくられたらしい。

 調べてみたところ、昭和31年(1956)に現在の「京都パン協同組合」が設立されていた。

 そう、今から約65年以上前から、ニューバードは存在していたようだ。

 「西湖堂」について木元さんにたずねてみたところ、

 「西湖堂さんが始められたというよりは、おそらく西湖堂の社長さんが、その当時のパン組合の偉いさんだったんだと思います。チェーン店の『バード西湖堂』さんとは関係ないと思うんですけどね」と教えてくれた。


 京都のパン組合に加入しているまるき製パン所のニューバードは、棒状のハムをカレー味のパン生地で包んで揚げている。

 「うちの『ハムロール』のハムを棒状に切ったものを使っています。ハムロールとニューバードは、兄弟みたいなもんです。同じころからずっとつくってます。私が子どものころ、食べてましたからね」と懐かしむように語る木元さん。

 看板商品の「ハムロール」が兄で、「ニューバード」が弟なのかなと、野暮なことを考えながらまるき製パン所を後にした。

まるき製パン所のニューバード(6月17日掲載予定)

 ニューバードについて、「ベーカリーオガワ」の小川さんが話すように、「西湖堂」の「バード」チェーン店が新しくつくった商品と言う説。

 「まるき製パン所」の木元さんが言うように、京都のパン組合に加入している店が、「共通の商品をつくろう」ということでできたという説。

 今となっては昔の話なので、パン屋によって、諸説出てくることが面白い。

 諸説を集めていくと、ニューバードの新しい姿が見えてくるかもしれない。


 話が少しそれるかもしれないが、「西湖堂製パン」を調べていると、西湖堂印刷(北区)という会社の名前が出てきた。会社のホームページによれば、滋賀県高島町(現在は高島市)から出てきた鳥居又七という人物が、京都で印刷業を始めたらしい。その鳥居さんは、印刷業が軌道に乗ったところで、吉村金松という人物に印刷業を任せ、故郷に帰り、新しい事業の製パン業を始めたという。それが、「西湖堂製パン」の始まりと記されてあった。鳥居の鳥は、英語で「バード」。もしかすると、ニューバードの「バード」は鳥居さんが元になっているのかもしれない。


 昔のことを想像することが多い取材となった。

 取材を通して分かったことは、人々の思い出の片隅で、ニューバードが羽を広げて飛び続けていること。

 ニューバードは、今日も京都の人たちに愛され続けている。

 ☆「一日一パン」は、京都市を中心に、京都や滋賀のパン店をめぐり、毎日ひとつのパンを取り上げ、写真と記事で魅力を紹介する、「ライトプラン」以上の有料会員向け記事です。5月23日〜29日に公開される記事は、特別企画として無料でお読みいただけます。