「土倉の森」にそびえ立つトチノキの巨木(滋賀県長浜市木之本町金居原)

「土倉の森」にそびえ立つトチノキの巨木(滋賀県長浜市木之本町金居原)

「土倉の森」がある長浜市周辺

「土倉の森」がある長浜市周辺

エコツアーの下見で、コースに目印を付ける山田さん

エコツアーの下見で、コースに目印を付ける山田さん

ブナの幹に残るツキノワグマの爪痕

ブナの幹に残るツキノワグマの爪痕

伐採のための目印とみられる、幹に赤く記された番号。その下には保護団体の貼り付けた黄色と水色の札がある

伐採のための目印とみられる、幹に赤く記された番号。その下には保護団体の貼り付けた黄色と水色の札がある

山腹に残る土倉鉱山の選鉱場跡が夕映えに染まる(2019年10月)

山腹に残る土倉鉱山の選鉱場跡が夕映えに染まる(2019年10月)

 西日本最大級とされるトチノキの巨木群が年輪を重ねる滋賀県長浜市木之本町金居原の山中で、滋賀県や地元住民らが保全に向けた動きを本格化させている。雪深く険しい地形ゆえ植林は進まず、近年は伐採が計画されるも裁判を経て生き延びた通称「土倉の森」。新緑まばゆい5月上旬、現場を訪ねた。

■「数百年の積み重ねが凝縮されている」

 岐阜県境に近い金居原の集落をさらに奥へ。登山の出発地点となる林道脇にはトチノキが1本立っていた。幹回り50センチ、背丈5メートルほど。「樹齢30年位かな。若い木は実もならんわ」。地元住民でつくる「金居原の歴史と森を守る会」の会長山田洋さん(72)が笑う。

 滋賀県自然環境保全課によると、寒い土地で育つトチノキにとって県北部は生息の南限。高島市朽木にもある巨木群は伐採が進んだ一方、土蔵岳山頂(1008メートル)の西側に広がる土倉の森の巨木群には「生態系が保全されてきた数百年の積み重ねが面的に凝縮されている」(同課)。県は2023年度中に伐採などを規制する自然環境保全地域に指定する構想だ。

■ツキノワグマの爪痕、野生動物の息遣い

 この日は、ながはま森林マッチングセンター(長浜市)が30日~6月5日に行うエコツアーの下見に同行した。山田さんはツアーの講師役。踏み跡のない斜面を登り始め、数分で細尾根へ。慎重に歩みを進めると視界が開けた。ミズナラやホオノキが葉を広げ、木漏れ日が地面に模様を付ける。

 「急斜面に石がびっしりの土壌で、植林しても根付かない。豪雪地帯でもあるから耐えられない」。長く林業に従事した山田さんが落葉広葉樹の森が残った理由を教えてくれた。
 巨木への道中には野生動物の気配が色濃かった。ブナの幹に実を求めて登ったのであろうツキノワグマの爪痕がくっきり。シカの角研ぎの痕跡も残り、水たまりにはアズマヒキガエルの卵が産み付けられていた。

 20年春からの県の環境調査では、ニホンカモシカなどの希少動物が確認されたほか、登山道のない尾根伝いに片道4時間で到達する森の最深部約5ヘクタールで、幹回り3メートル超のトチノキの巨木約140本の群生が判明。巨木群の規模は、既に分かっている約40本などと合わせ約200本にも上る。土蔵岳と、西側の横山岳(1132メートル)を結ぶ尾根の斜面には広大なブナの天然林があることも分かった。

■ついに巨木が 圧巻の姿、伐採計画の痕跡も

 山に入って3時間。ついに巨木と出合えた。大人2人で腕を回しても足りない幹。何本もの枝がうねりながら光を求めて天を突く。手のひら状に広がった赤みの交じる葉が頭上の視界を覆った。そばには炭焼き窯の跡があったが、柔らかいトチノキは木炭に不向きなため伐採を免れたという。

 さらに隣の谷筋へ向かうと圧巻の光景があった。根元近くから分かれた幹はいずれも周囲が3メートル前後に達し、背丈は16メートル超。樹齢数百年とされる巨木はびっしりとコケで覆われ、足元にはおびただしいトチの実の殻が散らばる。傾斜もぬかるみもきつい斜面で谷を下り切ることは諦めたが、見下ろすと少なくとも4本の巨木を確認できた。

 その中の1本は幹に赤色のペンキで「15」と塗られていた。関係者によると、木材業者が付けた目印とみられる。この付近の巨木数十本には7年前、伐採計画が持ち上がった。撤回を求める環境保護団体と業者との交渉は決裂。翌年に裁判へ発展し、大阪高裁で18年6月に和解が成立した。保護団体が、集めた寄付で巨木40本を買い取ることで最終的に決着した。

■森に覆われていく「ラピュタ」

 帰り道。渓流に沿ってトチノキが密集する緑一色の谷底にたどり着いた。せせらぎと葉擦れの音で疲れを癒やしてから30分ほど歩いた先には、草木に覆われたコンクリートの人工物が待ち構えていた。銅鉱石が採掘された麓の土倉鉱山(1965年閉山)で、戦前に稼働した選鉱場跡だった。森に侵食されゆく産業遺産もツアーの目玉の一つだ。

 「あの森にいるとね、心がすがすがしくなる。それは自分だけではないんとちゃうか」。6時間半の山行を終えた山田さんがつぶやいた。「ツアーで人を呼び込んで、どうやって地元にメリットをもたらせるか。山とどう共存していくか。これが宿題や」。そう言って、乾燥させたトチの実を手渡してくれた。